第3話りんご
「兄さんお腹減った…」
「仕方ないなあ。ほら、朝採ってきた木の実」
野営道具を片付け今は次の街へ向かう旅を再開させていた。
「アラタ私にはくれなかったのに」
大人しい性格だと思っていたセラさんがタガが外れたようにラフになっている。
「朝ご飯食べないなんて日常茶飯事でしょ、我慢してください」
朝ご飯が無いと言ったら双子の、特にセラさんの機嫌が悪くなった。
「腹減って死にそう」
「人はそんなんじゃ死にません」
かれこれ1時間こんなやり取りを続けている、流石に面倒臭い。
「何度も言いますけど朝ご飯が食べたいなら早起きしてください、木の実のところへ連れてきますから」
「起こしてくれなかったじゃない!」
「起こしましたよ4時半に」
人と長くいると本性が見えてくるものだが見えるのが早すぎないか?
「貴方達スラムに行ってみると良いですよ、考えの甘さがよく分かりますから」
一日一食にしようかと思ったけど二食にしたんだから我慢してもらわないと。
「うー、もういいわよ!何か食べさせてくれるまで動かないから!」
少し唸ったかと思うとドシン、と勢いよく地面に座る。
「兄さんあーんして」
「仕方ないなあ。あーん」
「、ありがとう!」
花のように笑っている。が、それと同時に双子の顔がより険しくなる。
「はあ、セラさん付いてこないなら置いてきますから、もう少しでお昼にしようと思ってたのに残ね―」
セラさんが勢いよく立ち上がる、さっきまで駄々をこねまくってた人とは思えない。
「ねえねえお昼いつ!?」
「そうですね、13時くらいでしょうか」
現在9時だ、3時間なんてすぐだろう。
「ぐすっ、アラタの意地悪、鬼畜、外道」
セラさんが泣き出し暴言を吐く、酷い…
「流石に酷いと思うぞ」
キールさんまでも…僕ら同い年のはずなのに…
「泣くのも罵るのも勝手ですけど歩いてくださいね」
そんな態度を取るならそれなりの態度を取らせてもらう―
「そろそろ1時ですね、お昼にしましょうか」
「やった!」
キールさんも喜んでいたがセラさんの喜び具合がおかしい…
「食べ物は各自で集めましょう、夜は全員で協力しますがそれ以外の食事は保存食を使いたくないので」
「「え゛…」」
野太い驚いた声がする。なんとその声は双子からだ。
「お肉は?スープは?」
「節約するって言ったでしょう」
「俺達木の実の種類も魔物を狩ったりもわからないし出来ないんだが」
「木の実は食べたらわかるでしょう、魔物は…やめときましょうか」
毒があるなら吐けばいいしね、動物は寄生虫や衛生面でだめだ。
「僕たちはさっさと集めてくるので頑張ってください」
さ、行こうかリリー。
「アラタ!謝るから見捨てないで!私達ほんとにお腹が空い―」
我儘な双子を置き去りにして森に入る、はぐれないようにリリーとは手を繋いでいる。
「兄さんと手をつなぐのなんていつぶりだろ」
ぽつん、とリリーが零す。
3年ぶり、と答えたいが仕事が忙しくて実際は5年ぶりくらいだ。
「…ごめんね、構ってあげられなくて」
リリーの学費もあるがお金があればリリーが幸せになれると当時は思っていた。
「ううん!今こうして居られるから全然いいの!」
「ありがとう、リリー」
優しい子になってくれてとても嬉しい。悲惨な過去なので尚更嬉しかった。
「それより兄さん!あれ!」
遠くの木を指差す。
「果物じゃない?兄さんが好きって言ってた!」
目を凝らす、見てみると真っ赤なりんごが実っていた。
「ほんとだ。ありがとう」
「えっへへへ…」
幸せそうにはにかむリリーと共に木へ向かう。
「はむっ、毒はなさそうだから食べれる分だけ採っていこうね」
「…兄さん、危ないことしないって約束した」
「毒見程度だから大丈夫だよ」
毒があれば吐く、不味くても吐けば死にはしないだろう。
「兄さん、そういうのは私の鑑定を使うからもうやめてね?」
「いちいち確認するのも手間だから大丈夫だよ」
どの食べ物を沢山持ち帰ればいいかわからないのも痛い。
「や・め・て・ね?」
「はいわかりました」
優しくてかわいいリリーが人を殺せそうな声で言うので即答してしまった。
「兄さん!どのりんごが一番熟れてるの?」
切り替えが速すぎてついて行けない…
「兄さん!」
「う、うん。…あれとか甘くて美味しそうだよ」
僕もさっさと集めようとジャンプして木の枝に捕まる。
「え!?兄さん!?」
熟れてるものはリリーに食べさせてあげたいので普通のりんごを8個ほどもぎ取る。
「リリーは取らないの?」
「出来ないよあんなの」
まあ女の子だから仕方ない。
「採ってくるから少し待っててね」
再び木に捕まりりんごをもぎ取る、3個あれば足りそうかな。
「はい、3個で足りるかい?」
「うん!ありがとう!」
花のような笑顔を浮かべているリリーと一緒に双子と別れた場所へ戻る。
「んー、やっぱり待ってるわけないよね…」
多分自分達で食料を探しにあったのだろう、保存食を使ってない辺り反省はしたようだ。
「キャアーー!!」
嫌な予感ほど当たるものなのか、セラさんのものと思われる悲鳴が聞こえる。
「リリー!りんごを頼むよ!」
「え?う、うん!」
ほんの少しだけ感じる血の匂いを頼りに双子の元へと向かう。
――カン!カン!――
金属音、これはキールさんの武器の音だろう。
駆ける、音、匂いの方向へただ駆ける。
…見えた!
「グゥルオアアアア!!」
人形の狼のような化物がセラさんに齧り付こうとしていた。蹴りが届かないッ!
ジャケットを大きく開き内側にびっしり貼り付けられた投げナイフを明らかにさせ、乱暴にナイフを指にはさみ投げる準備を整える。
…まずい、間に合わない。
――カチッ――
時計の針が0時を指したときのような軽快な音が頭に響く。なんの音だ?
…そんなこと考えている暇は無い、ナイフの狙いを定める。
出せる最大速度かつ狙いを絶対に外さない勢いで手を振る。
…あれ?手を降る速度が僕には出せない領域に行っている、しかもナイフや化物の動きも遅い。
遅く見えるほど僕が早くなったのか?
――カチッ――
答えが出ないまま変化の訪れた時の音が鳴り、僕の速さが元に戻る。
それより、答えは、ナイフは間に合ったのか?
「グギャアアアア!!」
化物だけの絶叫が聞こえる。セラさんの悲鳴は聞こえない、悲鳴をあげることなく死んだか、間に合ったのか。
「あ、あ、ああぁ」
セラさんの怯えた言葉にならない声がする。ということは…間に合った!
「ア、アラタ!」
「安心するのはまだです!仕留められませんでした!」
化物がゆっくり起き上がる、ナイフを5本放ち全て当たったが効果的だったのは3本。目に2本、口の中に1本刺さった。
「グワアアアア!!」
怒り狂った化物が僕らに向かって咆哮する。
キールさんは…だめだ。怯えて使い物にならない。化物に一番近いセラさんを避難させないと。
「セラさん、少し我慢してくださいね!」
ナイフで牽制しながら素早くセラさんを抱き上げ戦闘の邪魔にならない場所にそっと置く。
「ナイフの刺さり具合からして打撃は効果的じゃないな…」
弾かれたナイフもあるので打撃をしてもこちらのほうが痛いだろう。
「キール!セラを避難させて!」
ナイフが弾かれて打撃も効かないとなると少し本気を出す必要がある。
ジャケットが風に吹かれてナイフが再びあらわになる。
両手にナイフを挟み化物に突っ込む、牽制に両手のナイフをすべて使う。
再びジャケットからナイフを装填して素早く回り込む。僕の予想だと脚の関節の裏、普段喰らわない部分だから刺さるはず!
「やっぱり刺さった!」
筋肉に刺さったのか化物が態勢を崩す。でも決定打にはならない。
「次は顎!」
――カチッ――
あの音がなる、でも今の僕はその効果を理解している。
化物が反応出来ない速度で懐に潜り込み、ナイフを顎に思いっ切り振るう。
やはり、顎にはナイフが簡単に通る。
――カチッ――
「!??」
化物が驚愕の表情を浮かべると顎がだらんと垂れ下がる。
「!????」
さらに腕の関節にナイフが命中する、顎が動かないせいで声を上げることが出来ないようだ。
「これで!」
化物の懐から口の天井目掛けてナイフを1本だけ投げる、これで終わりだ。
「!??……」
化物の口から脳にナイフが貫通し、化物が絶命する。手強い相手だった、打撃とナイフが効かないだけでここまで苦戦するとは。
そして何より、あの時計の針が止まったときのような音。あれは僕の意志関係なく発生した、でも僕に害はなかった。
…分からないことばかりだ。
「ア、アラタ!大丈夫!?」
セラさんは回復したようだ、心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですよ、どこも怪我してません!」
「良かったあ」
安堵の声を漏らす。
「リリーを待たせてるので行きましょうか」
双子と共にリリーを待たせている道へ進む。
「あ、兄さん!待ちくたびれたよ!」
美味しそうなりんごを沢山抱えた妹が出迎えてくれる。
「りんご、美味そうだなあ」
キールさんが欲しそうにりんごを見つめて言う。
「どうせ何も採れないって分かってましたから皆さんの二人の分もありますよ」
「酷い言われようだが感謝するぜ!」
「ありがとう!」
双子にもりんごを渡し一緒に食べる、リリーにもっと食べてと言われたけど一個でお腹いっぱいだ…
「次の街まであとどれくらい?」
「もうそろそろ見えてくるよ!」
「ありがとう、リリー」
いつものように優しく頭を撫でる。いつもは嬉しそうなのに今日は何故か不満気だ。
「……セラちゃんには抱っこしたのに私にはしてくれないんだ」
…そればっかりはどうしようもない、流石に抱っこは出来ない。
「……兄さんはやっぱり私のこと嫌いなんだ」
…どうしようもない……
「私は兄さんのこと大好きなのに、こんなことなら昔の方が幸せだったなあ…」
………
「昔は貧しくても一緒に居られて私のこと愛してくれてたのに…」
「分かったよ、ほら。こっち来て」
昔は我儘だったけどネガティブじゃなかったんだけどな…
「兄さん!ありがとう!」
さっきまでの胃もたれするような空気などもろともせず今度こそいつもの笑顔を浮かべている。
「…私はお姫様抱っこだから羨ましくなんてないし」
セラさんが拗ねた声音で呟く、ちらっとリリーの方を見る。
「兄さん。お姫様抱っこ、したの?」
色のない目で僕を見つめる。
「で、でも抱っこなんてみんな同じでしょ?」
結局地面から脚が離れているなら全部抱っこだと思う。
「兄さんお姫様抱っこして」
「は、恥ずかしいし…」
流石に双子に見られながらするのは恥ずい、ひじょーに恥ずい。
「抱っこなんて全部同じなんでしょ?」
しまった。墓穴掘った。
「…分かったよ」
一度降ろして再び抱き上げる、恥ずかしい。
「ふふふっ♪」
とても嬉しそうだ、僕は恥ずかしくて死にそう、恥ずか死ってね!
異世界漂流記 宮野 碧 @1329285476
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