第2話旅の始まり

「もう他に買うものはありませんか?」

「ええ、装備も食料もあるわ」

荷物の管理はセラさんに任せることになっている。

「じゃあ、出発!」

元気よくリリーが叫ぶ。本当に楽しそうだ。

街の城壁を越えて整備された道を進む、魔王の居る城の方角は北だ。

「そういえば僕の固有能力まだ見てませんでしたね」

固有能力というものを教わったけどまだ確認していなかった。

「兄さんの固有能力!気になる!」

「あまり期待しないでよ…ステータス」

突如目の前に白い板のようなものが現れる、見てみると

種族 人間

個体名 アラタ

武力 342

魔力 274

固有能力 時計Ⅰ

種族能力 無し

血統能力 兄妹愛

汎用能力 体力増強Ⅵ 魔法強化Ⅴ

     空間把握Ⅵ 加速 Ⅳ

     対人技術Ⅹ 武術Ⅹ

     五感増加Ⅷ


「兄さんなんで勇者の私よりステータス高いの?」

隣から覗き込んだリリーが不思議そうに聞く。

「うーん、仕事柄としか言えないね…」

殺し合いとまでは行かないが人と争いが耐えない仕事だった。

「俺にも見せてくれよ」

「私にも見してくださいー」

双子もひょっこり除きこむ、でも途端に顔色が変わる。

「基礎ステータスかなり高いし汎用のレベルがおかしいじゃねえか」

「私達訓練を受けてるのにいきなり出てきた人にここまで差をつけられると少しショックを受けるわね…」

平均がわからないので高いかすらわからないのが僕の見解なのだが反応を見る限りかなり高いようだ。

「皆さんのも見してもらえますか?」

平均を知りたい。

「あんなの見せられたあとには見せれないわよ…」

双子はすっかり落ち込んでいる、そこまで差があったのだろうか。

「それよりも兄さん!血統のやつ兄妹愛だって!えへへ…」

自分の言葉で妄想を膨らましている、大丈夫だろうか。

「ん?あれは?」

道端に蠢く物体の姿があった。色は見る角度によって青、緑、赤と変わるようだ。

「プジュアアアア」

スライム…なのかな?どろどろとして粘性のある身体がぶちゅぶちゅと音を立てている。

…正直気持ち悪い。

「ありゃスライムだな、気持ちわりい」

「脅威ではないんだけど…」

気持ち悪い、と。あのスライムの評価酷いな。

「プジュ、ブジュアアアア」

スライムが雄叫びをあげたと思うと次の瞬間

「きゃあ!?」

リリーが悲鳴をあげた。その理由も痛いほど分かる。スライムがリリーに急接近した、それだけなら良かったのだが粘性のある身体を自爆してリリーに付着させたのだ。

「う、う、うわあああああ!!」

流石に応えたのか泣き出してしまった。これはリリーじゃなくても女の子なら誰でも泣いちゃいそうだね…

「リリー大丈夫!?」

流石同性と言ったところか、唖然としている男子達を他所に素早く布を渡している。

「うぅ、セラさんありがとう…」

ほのぼのしい光景だね、粘性のあるものが付着していなければ。

―――!―――

生物の気配を感じる、それも大量、でも全て同じ種族かつ呼吸が小さい小型だ。

…まさか、いや。ほぼ確実だろう。

「皆さん…悪い知らせです。恐らくそのスライムの粘液に他のスライムが引き寄せられています…」

人より五感が鋭いから気付けた、スライムの粘液からは匂いがしていた。それに引き寄せられたのだろう。

「「「ブジュジュ、ジュアアア!」」」

やっぱり、パッと見ただけでも10はいる。

「まじか…流石に捌ききれねえぞ」

キールさんの言うとおりだ。被弾は避けられない。

「キールさん、ここは男の僕達が我慢しましょう。流石に妹がまた被弾するのは嫌です」

また自爆させてスライムが集まって来たら元も子もないためしっかり仕留めなきゃならない。

「俺は普通に嫌だな。頑張ってくれ」

キールさん?そこは頑張るとこじゃないの?

「、っ!」

スライムが接近してくる。考えている時間はないようだ。

靴に仕込んでおいたスパイクを起動させる。靴の先端が固い重さを持った物質に変わる。

「仕方ないので皆さん退いていてください!」

警告するとスライムの群れに突っ込む。

「ブジュジュ、ジュワア!?」

蹴りを確実に入れていく、重りをつけているので一発で絶命していく。

器用に足を振り回し殲滅していく。

スライムはすぐに殲滅し終わった、所詮スライムと言ったところか。

匂いは…しない。もう寄ってくることはないかな。

「足に少し付いちゃったけどまだマシかな」

シュウウー、と。焦げるような音がしたと思えば付着していた粘液が蒸発していた。

リリーの方を見るとそちらも蒸発していた。

「もう襲ってくる気配も無いので進みましょう」

「なあアラタ」

「どうしました?」

「お前どんな事したらあんなに強くなれるんだ?」

「生きるため、誰かのために戦い続けた結果ですよ。まあ死線を潜った数の違いです」

仕事に就く前は誰かを蹴落としても生きるには十分と言えなかった。仕事も命の危険は付き物だった。

「スラム街ってのはそんなとこだったんだな…」

キールさんに同情の眼差しを向けられる。

「可哀想なのはリリーの方ですよ、物心もついて間もないのに貧しい思いをしたんですから」

ごみから漁ってきたものしか食べさせる事が出来ない時期もあった。

「そんなことよりリリー、大丈夫かい?」

「うん!兄さんありがとう!」

元気を取り戻してくれたようで良かった。

「リリーちゃん、貴方達の居た世界にはアラタ並の人達が沢山いるの?」

「兄さんがおかしいんだと思います!」

僕もある程度の強さは自負しているつもりだ。

「もう日が沈みますのでキャンプ出来そうな場所を探しましょう」

必死で気付かなかったけどスライムにかなりの時間を食われてしまったみたいだ。

それぞれ四方に散らばりキャンプ地を探す、僕個人としては果物の実っている場所がいい。

「おーい、見つけたぞー!」

キールさんの声が聞こえる、でももう少し探索してから向かおう。

「ぶっどうにりんご♪なーしにみかん♪メーロンにもーも♪」

良く分からない鼻歌を歌いながら果物を探す、あとメロンって野菜だった気もする。

「あ!木の実が実ってる!」

小さな青黒い木の実があった、一つ取って食べてみるが甘くて美味しい。

「ぶるーべりーって食物に似てるのかな?」

食べたことが無いのでいまいち分からない。リリーに聞いてみようか。

「こっちにも実ってるね、これは…野いちごかな?」

抵抗なんて欠片も無いのでパクっと一つ食べる。甘酸っぱくて好き嫌いの別れる味だ、僕は好きだけど。

素早く木の実を集めていく、みんなが食べられないといけないのでぶるーべりーを多めに採っておく。

「これだけ取れれば良いかな」

腕いっぱいに木の実を抱えてキールさんの声のした方に向かう。

「えーと確かこっち…あ!」

焚き火の光が見えた。

「…兄さん!」

リリーが僕が見えた途端飛びつく、木の実が落ちないように頑張って受け止める。

「リ、リリー。少し離れてほ―」

離れてほしいと言おうとすると、なんとも言えないと寂しそうな、悲しそうな顔をされたので言えなくなってしまった。

「仕方ないなあ。キールさん、セラさん、木の実持ってくれますか?」

「お、おう…」

木の実を回収して貰いリリーを引き剥がそうとする。

「兄さんがどっか行かないって約束してくれたら離す!」

そんなことか。

「約束するよ」

周囲の地形や警戒も出来ていないので即答する。

渋々といった感じだが離してもらった。夜ご飯を食べる準備を手伝いに行こう。

「準備と言っても木の実だから特にないけどね…」

双子の元へと向かう。

「準備できましたかー?って」

「何でスープや肉まで準備してるんですか?」

保存の効く食料はできる限り使いたくない。今日は木の実で済ます予定だったのだ。

「腹一杯になるために決まってんだろ」

開いた口が塞がらない、次の街へ着く前に確実に無くなるペースだ。

「旅の終盤の食事はどうするつもりですか?」

「そ、それは木の実とかで頑張って…」

駄目だ、この人達スラム街に堕ちると真先に餓死するな。

「作ったものは仕方ないですが今度からは食料を節約していきます、初日から飛ばしてしまったので厳しめですよ」

双子は落ち込んだようにしょぼくれてしまった。罪悪感が無いといえば嘘になるけど仕方のないことだ。

「食事の準備出来たのでリリーちゃん呼んできますね…」

想像以上に落ち込ませてしまった、…仕方のないことだ。割り切ろう。

「じゃあ食べるか…」

キールさんまで落ち込んでいる。

「「いただきます」」

僕とリリーが同時に合掌する、こっちの世界にはそういう文化が無いため双子はしない。

「リリー、僕は木の実で良いから足りなかったら僕の分も食べてね」

スラム街にいた経験のせいか、少ない食事でも満腹感を覚えてしまうのだ。食べようと思えば食べれるけど食べなくてもいける。

「兄さんもちゃんと食べて」

昔はいいの?といい食べていたので成長を感じる。

「明日からは食料を節約していくから、しっかり食べてね」

「なんか俺達と態度違うよな」

「ね」

身内に甘いのは当然だろう?

まあそんなことそのへんに捨てて木の実を食べる。皆は野いちごが苦手らしいの僕はで野いちごばかり食べる。

肉やスープも食べ終え合掌も済まして寝る準備に入る。

寝る位置についてはリリーが一緒が良いと駄々をこねたが結局男女で別れた。


「…皆寝たかな」

むくっと起き上がり外に出る、何故か見張りの話が出てこなかったのでとりあえず僕が寝ずの番をする。

辺りの気配を警戒する、近付かれる場合は問答無用で殺る。

「………」

眠らないよう唇を噛む。昔はやりすぎで血が出るまで噛まなければ効果が無かったけど今は少し噛むだけでも眠気が吹っ飛ぶ。

「……引っ掛かったな」

かなり呼吸の大きい気配が近付いてきている、とっとと殺りに行くか。

軽食の木の実を持っていく。

音を立てずに進める最高速度で気配へ進む、近付いて分かった。呼吸がかなり荒い、戦闘の後か負傷している。

「…血の匂いがするな」

少なくとも負傷しているようだ。殺るのに時間はかからない。

「キュルルルル…」

巨大な…リス?

「…可哀想だけど治すことも出来ない、血の匂いで魔物が寄ってこられても困るしな…」

追い返すだけにしてやるか?

「キュルル!」

喜んだような声をあげると僕に突進してくる。

…仕掛けてくるのか?

ってあれ?このリスポケットから木の実を食べている。そういえばリスは肉なんて食べないから襲われないか。

「うわっ!?」

リスが僕の軽食を食べ終えると負傷していた傷がみるみる塞がりサイズが小さくなっていく。

「やっぱり元いた世界の定義は忘れるべきなのかな…」

スライムもこのリスも元いた世界では有り得ない。

「このサイズだと脅威でもないし見逃してやるか」

決して見た目が愛くるしいからではない。寛大なる僕の慈悲なのだ。

…キャラに合ってないから愛くるしいからでいいや。

キャンプ地に戻る、かわいいリスも見れたのでやる気はとても高い。強く生きてほしいものだ。

「………」

また眠気に襲われる、最近の仕事はホワイトだったから徹夜、しかも見張りなんてしてこなかった。

唇を噛む、眠気が吹っ飛…ばない。いつもカフェインを直飲みしていたからなあ。

「ステータスを眺めててもいいけど警戒が疎かになるし…」

結局何もせず唇を噛みながら警戒するに至った。暇すぎて死にそうなのを必死に我慢する、あれこれどっちにしろ死にかけてね?

何事もなく夜が開ける。思ってたより長くなかった、恐怖心が無いからだろうか。

「皆を起こしに行くか」

皆が寝ている場所へと向かう。

「皆さんそろそろ起きましょう」

一人、二人と身体を起き上がらせる、眠そうな目を擦っている。

「うーん。今何時ぃ?」

セラさんはいつもの敬語など欠片も感じられない態度で問う。

「えーと、4時半ですね」

寝たのは22時、6時間も寝れば大丈夫だろう。

「まだ早朝じゃない!私もう少し寝るから」

「俺も」

双子は二度寝を始める。駄目だこの人ら一回スラムに堕ちた方が良い。

「兄さん4時は早いよ…」

「うーん仕方ないか」

リリーが言うなら仕方ない、木の実でも採ってくるかな。

昨日あまり食べれなかったぶるーべりーを中心に食べていく。あとは水源を探しにいっておこうか。

「綺麗な水…」

汚水はこりごりだしリリーに飲ませたくない、綺麗な水がいい。

「この音は…?」

ちょろちょろと水の流れる音が聞こえる。音的に川ではないようだ。

「…あった!汲むものは無いから毒見だけしておこうか」

「キュルルルル」

ん?この鳴き声は…

「昨夜のリスじゃないか、久しぶりだね」

今や普通のサイズになったリスを撫でる。ふさふさした毛並みが気持ち良い。

「また会えたらいいね」

「キュルンルン!」

最後まで癒やしてもらいキャンプ地へ戻る。現在6時だ、流石に起きてもらわないと。

「皆さん起きてくださーい」

「お父さんもう少し待ってぇ」

セラさんが変な夢でも見ているのか僕のことを父親と間違えているようだ。

「ふわああ、今何時だ?」

「もう6時ですよ」

眠たそうに欠伸するキールさん、この世界の人達は眠る時間が長いのかな?

「よっこらせっと。おい姉貴起きろ」

双子がわちゃわちゃしてる内にリリーを起こそうか。

「リリー、そろそろ起きよう」

「むにゃあ…兄さん。おはようのキスして」

「良い子になってくれたらしてあげる、けど良い子はしっかり朝起きてくれるよ」

途端にバタッ、と起き上がる。期待の眼差しを向けられるけどキ、キスなんて出来ないのでスルー。

「兄さんキスは?私良い子だったよ?」

「今日も旅を頑張りましょう!」






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