異世界漂流記
宮野 碧
第1話 漂流
人には誰しも大切な人がいる、悪人だろうと善人だろうと大切な人がいた経験はあるだろう。
でももしその存在を失ったら、奪われたのなら。
人は、前を向いて歩くことが出来るのだろうか?
「こら!もう放課後だよ!」
もう放課後か。眠り始めたのはたしか…2限目だったか。
「ありがとうございます」
起こしてくれた学級委員の人に礼をすると僕ら以外居ない教室を後にする。
あれから3年、僕は高校生になった。友達も大切な人も誰も居ない3年間、ただ無気力に、無駄に生きてきた。
変わるべきなのかもしれない…
「簡単に変われるなら、苦労しないか」
はっ、と自分を嘲笑しながら下駄箱から靴を取り出す。
全てを失ってから、僕は進めただろうか。あの時からずっと足踏みしていただけなのかも知れない。
「いっそ皆の所に行きたいくらいだ」
死ぬ勇気もない僕はそんなこと無理なわけだが。
校門を抜け路地裏へ向かう。家族も友達も居ない僕は生活費等は全て自分でなんとかしなければならない。鞄の中の拳銃を取り出す。
「これは…なんだ?」
目の前には空間が歪んだような、引き裂かれたような光景があった。鞄を投げ捨て辺りを警戒する。
「、っ!」
歪みが急にブラックホールのようになり吸い込まれる。死ぬのか。
「勇気のない僕にはピッタリかもな」
抵抗することをやめ歪みに身を委ねる。心残りは何もない。
「どこだ?ここは」
海のような空間に僕はいた。でも沈むこともなくただひたすら流されている。
「変わった地獄だ」
業火にでも焼かれるのかと思ったら真逆の海と来た、良いブラックジョークだな。
「あそこがゴールか」
路地裏で見たものと同じような歪みに向かって僕は流されていた。漂流の末辿り着いたのは―
地獄とは思えない光景だった。
「ここは教会?」
カラフルなステンドガラスに光が差し込み神々しさを放っている。
頭にツーンと痛みが奔る。
『貴方はこの世界に召喚されました』
声は聞こえるが音も声の主も見当たらない。それに召喚?
『貴方には魔王討伐の補助を行ってほしいのです』
念の為拳銃の安全機能を外す、魔王討伐?
『貴方以外にも三年前にも一人召喚しましたが最近やっと戦闘が出来る程度です』
『その代わり貴方の願いを叶えています』
『期待していますよ』
すうっと何かが抜け落ちる感覚がし、声は聞こえなくなった。
「意味がわからないな」
あたりを見渡すと一つだけ扉があった。さっきまで無かったような気もする。
…何故か開けなければならない使命感に駆られる。
開けなければ酷く後悔するような、その先に未来があるような。
「開けるしかないのか」
決意を固め扉を開ける、その先には―
「なんで…リリーが…」
有り得ない。死んだはずの妹がいた。
「あ!君が新しい仲間?」
死んだはずの妹が意気揚々と話しかける。
「………」
動揺の余り声が出ない。
まるで僕のことなんて忘れているようだ。
「あなた大丈夫?」
優しそうな女性が心配した様子で問う。
「だ、大丈夫ですよ…」
「君もあっちの世界から来たの?」
「は、はい…」
人違いではない、となると忘れているのか。
「質問に答えていませんでしたね、僕が貴方達の仲間になる…アトラです」
思わず偽名を名乗ってしまった。僕は自分の想像以上に臆病なようだ、忘れられているのを認識したくないなんて。
「私はね!リリー!」
妹が名前を言うが勿論知っている名前だった。
「俺はキール、よろしくな!」
僕と同い年だろうか、男子が元気よく告げる。
「その姉のセラ、姉って言っても双子なんだけどね」
苦笑しながらも優しい雰囲気が分かるのがすごいな。
「私は違う世界から来たけどあの双子はこっちの住民なの!」
髪色が特徴的だと思ったらそういうことか、双子は青髪だ。
そして気になることがある。
みんなおしゃれな服装なのに僕だけ白のシャツに黒のジャケットだ。学校の制服は早着替えして鞄に詰めたままなので制服にもなれない。
「早速だけどアトラさんの装備を買いに行きましょう!」
装備と聞いて何かと思ったらナイフや盾とかだった。
「アトラさんはどれがいい?」
「ナイフも僕の持っている方が上質ですし何もいりませんよ」
仕事柄ナイフや拳銃は必須だった。
「え、なんでナイフ持ってるの…?」
「そんなことより食料品を買いましょう」
質問をスルーし他の人達と共に食料を買いに向かう。
「なあ、お前の髪って染めたのか?」
キールさんが不思議そうに僕の白髪を見る。
「あー、ストレスで色が抜けたんですよね…」
妹が死んだ喪失感で何もやる気が起きないとき気付いたらこうなっていた。
「苦労してそうだな」
「言いたくないなら言わなくても良いんだけど、何があったの?」
「そうですね、多少長くなりますがいいですか?」
とある少年は親に捨てられて物心ついて間もない妹と共にスラム街、貧困の激しい場所に住んでいました。
食べるものもろくにないため、少年は仕事に就き、お金を手に入れることができました。
少年は妹と住んでいる家…と呼ぶには無理がある場所に意気揚々と帰りました。
しばらくは少ない食事を食べていましたが少年は痩せていく妹を見るのが耐えられなくなり、自分の食事も妹にあげることが多くなりました。
そうなれば当然少年は痩せていきます。仕事の雇い主には心配される日々が続きました。
そんなある日、昇進が決まりました。元々その仕事は危険が付き物でしたが、もっと危なくなりました。
仕事から帰るのは妹もとっくに寝ている真夜中。さらにその後妹のためにご飯の作り置きをしていきます。仕事に行くのは妹が起きる前の早朝、お金を稼げば稼ぐほど妹と居られる時間はなくなっていきました。
『妹が行きたいと言っていた学校に行けるように』
と、虐められないように小さな家も買い、学校に行く準備を密かにしていました。
学校に行くお金が出来たとき、妹にサプライズをしました。
普段は買えないケーキを買い、ピンクのランドセルを渡しました。
妹はとても喜び、入学を楽しみに眠りました。
妹が学校に行き始めてしばらくした後、友達を家に招待したいと言いました。
勿論少年は了承し、生活は安定し始めたためジュースやお菓子を買い揃えておきました。
ですが妹は友達を少年に会わせたかったらしく、仕事に行くことを知ると悲しみました。
少年は迷いました。とりあえず雇い主に休めるか確認すると、来てほしいとのことです。
このとき、無理にでも仕事を休むべきだったのかもしれません。
妹は休めないと知り拗ねてしまい、友達に家ではなく外で遊ぼうと言いました。
満場一致で賛成だったため、普段行かないところにまで遊びに行きました。
そして悲劇は起きました。
妹は車に轢かれてしまいました。友達は大人を呼んできましたが、そこには血痕だけが残っていました。
仕事から帰った少年は妹の死を知り、深い悲しみと後悔に襲われました。
少年は雇い主が家を訪ねてくるまで何も食べずに一人しか居ない食卓に座っていました。
そこからはただ無気力に仕事をこなし、学校にも行きましたが心は癒えず、歪みに吸い込まれていきました――
「と、かなり長くなってしまいましたがこんなことがあったわけです」
「お前…よく立ち直れたな…」
「うぅ、そんなことがあったのね…」
青髪の双子は号泣していた。妹のことで泣いてくれるのは嬉しいのだが眼の前で本人が居るのがなんとも言えない。
ただ一人泣いていないのは、妹のリリーだ。
「…アトラさん、そのマスク取ってくれますか?」
リリーさんが動揺を隠すような落ち着いた声で聞く。
「ええ、良いですよ」
人前に出るときは癖でマスクを無意識でしてしまう。ここでも暴発してしまったようだ。
マスクを外す、すると
「やっぱり…兄さん!」
リリーが僕に昔のように抱き着く。
「兄さんっ!兄さん!」
狂ったように兄さんと叫びながら涙を流す。それよりリリーはなんて言った?
「会いたかった!…やっと会えた!」
ああ、そういうことか。
妹と暮らしているとき僕はお揃いの黒髪だった。しかも三年間も会わず髪色も変わった兄を目元だけで判別できるだろうか?
否、出来ないだろう。
「僕も会いたかったよ、リリー」
抱き締め合い、無言の時間が続く。誰も言葉を発さない。
「…とりあえず場所を変えようか」
「うん…」
手を繋ぎ双子に目で了承を得ると人気のない場所へ向かう。
「えーと、かなり混乱してるんだけどリリーはアトラの妹なの?」
「うん!そうなの!」
「でも兄さん、どうしてアトラなんて偽名を使ったの?」
言うのが恥ずかしい事を聞かれる。
「仕事柄本名を知られないようにしててね、その癖が出ちゃったんだ」
流石に忘れられているのをが認めたくなかったなんて言えない…
「改めて、リリーの兄のアラタです」
「再開出来てよかったなぁ…」
キールさんがまだ号泣している。妹のために泣いたりしてくれるのは正直嬉しい。
「あまり時間を割くのもいけないので歩きながら話しましょう」
あっさり僕の提案は受け入れられ本来の目的である食料品を買いに行く。
「兄さん、なんの仕事してた――」
「キールさん、この世界のことについて教えてもらえませんか?」
「お、おう」
「兄さ―」
「この世界には固有能力ってのがあってな、生物に一つだけ宿るんだ。確認するにはステータス!って言ってな、自分の強さや能力が数値や文字になって見れるんだ」
「固有能力の他にも汎用能力、種族的能力、血統能力があるわ。汎用はいろんな種族問わず習得出来てね。種族はその名の通りその種族にしか使えない能力のこと、血統は固有に限りなく近くて血筋特有の能力―」
「兄さん!!」
双子の有り難い話をリリーが遮る、遮るなんてマナーが悪いなあ。
「先に遮ったのは兄さんでしょ!それより兄さん」
リリーが真剣な顔付きに変わる。
「もう危ないことはしないでね?私のためにしてくれたことは嬉しいけど兄さんが傷付く方が嫌だから」
「う、うん。努力するよ」
僕も危険な目に遭いたい訳ではない、妹が幸せでいられる限り遭うことはないだろう。
「私は兄さんと居られるのが何より幸せなの。仕事を頑張ってくれたのも知ってるけど一緒に居られなくて寂しかったの」
寂しい思いをさせてしまったのか、睡眠時間をもっと削るべきだったかな。
「ごめんね、今度からはもっと予定を詰めて時間を作るよ」
個人的にかなり詰めたつもりだったのだが、まだまだ足りなかったらしい。
「そういうことじゃないのに…もういいや」
「リリーはもっと予定に余裕を持たせろって言ってんだよ」
キールさんが呆れたように補足する、なんだその目は。
「うーん、他に削れること…睡眠、食事、移動も全力で走れば…ぶつぶつ」
「リリー、こいつは駄目だ」
何が駄目だ一応年収サラリーマンより多いんだぞ、…休日無かったけど。
「まあ妹思いな良いお兄さんじゃない、多目に見てあげましょ」
セラさんが助け舟を出してくれる。
「そんなことよりほら、ついたわよ」
思っていたよりしっかりしたお店だった。パッと見ただけでも燻製肉、乾燥させたパン、スープを煮詰めて作った粉末などがあった。
「やっぱり果物はないよね…」
僕はかなり果物が好きだ、目先の果物に釣られて仕事を放り出すくらいは。
「兄さん果物好きなのー?」
「うん、甘い物とかも好きだよ」
「そういえば私兄さんのこと全然知らないよね…」
本当にそういえばだ。好きな物も特技や年齢すら教えていないかも知れない。
「もしかして兄さんにとって私ってうっとおしい?」
「うっとおしくなんてないよ、教えてないのは忙しくてね」
生活が安定していくと共にリリーに構ってあげられる時間は減っていった。安定する前はごみばかり食べていて好きな物なんて概念無かったから知らないのは当然と言えば当然だ。
まだ不安そうなリリーの頭を軽く撫でる。
「えへへ…」
恥ずかしそうに笑っている。この笑顔を僕は守りたかったんだなと実感する。
「おーい買うやつ決まったかー?って何してんだよ」
キールさんがまた呆れた様子だ。
「えーと燻製肉三個と粉末を適当に五杯、乾燥パンは…要らないかな」
乾燥パンはパサパサしていて苦手なのだ。野草のほうがまだ美味しい。
「何だいちゃついてただけじゃねえみたいだな、買いたいやつ取ってきたらこっち来いよー」
早速肉と瓶に詰められた粉末を取ってゆく。
「兄さん、量少なくない?」
「肉一つで一週間、粉末一杯分は三日のペースで行けば三週間持つから次の村か街に着くと思ってね」
腐らせるのが一番無駄なので最低限の食料だけだ。
「兄さん、いくら何でも少ないよ…」
「そうかな?」
「そうだよ!」
何故か説教のようなものを受け、結局肉十個、粉末16杯分になった。
双子の方も同じにした方が合わせやすいと言うことで購入したのはさっき言った数の倍になった。
もう少しで旅が始まる。
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