三話 花に嵐の陰陽亭
「……はぁ、また勝手に陰陽亭改造しやがったなあのジジィ……」
妖街道、壱番街道。緋月一行より先に、元の位置に戻って来ていた現し世仕様の陰陽亭を見て、十六夜は一人ため息をついていた。
「……あっ! おにぃだ! おにぃ〜っ!」
どうしたものかと思考を巡らせていた十六夜は、最愛の妹の声に光の速さで振り返った。見れば、緋月が嬉しそうにこちらへ駆け寄って来ているではないか。
「あぁっ緋月……! おかえり……!」
十六夜は一瞬で晴明に対する怨恨を忘れ、膝をついて飛び付いてくる緋月を受け止めた。その瞬間だけは彼の表情は幸せそうで、生きていて良かったと大きく顔に書かれているのであった。
「やぁ十六夜! ただいま!」
しかしその表情も、晴明が声をかけたことにより崩れ去る。十六夜は瞬時に半眼になり、にこやかに寄ってくる晴明へと冷ややかな視線を浴びせた。
「ジジ……んんっ、お爺様……貴方勝手に陰陽亭改造しましたね?」
「おや、分かるかい? 現し世の建物を参考に格好良くしてみたんだ!」
十六夜は危うく「ジジィ」と漏らしかけたが、
だが対する晴明は何処吹く風、満面の笑みを浮かべながら、褒めてくれと言わんばかりに堂々と言い放った。
「奇妙がって誰も寄り付かなくなるでしょうが! さっさと元に戻して下さい!」
緋月をそっと離しながら立ち上がり、十六夜は晴明の言葉に噛み付いた。もちろんその額には青筋が浮いている。緋月はその様子を見て、少し前まで会話を交わしていた先輩を思い出し、少しだけ寂しい気持ちになった。
「え〜? 仕方ないなぁ。まぁ外観
烈火の如き怒りを
「なんで貴方が偉そうなんですか……待って下さい、外観
十六夜は信じられない通った面持ちで首を横に振ったが、ふと晴明の言葉が引っかかりまた勢い良く言及を始めた。
「――? うん、そうだよ?」
「はぁっ! 信じられない……!」
晴明はどうしてそのようなことを聞かれているのか分からない、といった表情で瞬きを繰り返した。もちろん彼は善意でやっている為、悪びれる様子は一切無い。
十六夜は大袈裟なくらいに後ずさってよろめくと、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。最早彼の表情は半笑い、よく聞けば「もう嫌だ」と呟いているのが聞こえる。
「だ、大丈夫か
そんな十六夜の元に慌てて駆け寄ったのは紅葉だ。改めてこの態度を目にすると、現し世にいる間に彼が居なくて本当に良かったと思うのであった。恐らくあの惨状を目にしたならば、数日起き上がることすら出来なかっただろう。
「紅葉……! ごめんね……あんな爆弾押し付けて……」
十六夜は紅葉の肩をガシッと掴むと、まるでこのまま死に行くかの様な表情で謝罪を口にした。僅かに瞳が潤んでいる様な気もする。
「全然問題無いぜ、むしろ
まさに生きる
しかも、自分は学校に行ったり調査をしたりしている時間の方が長かったのだ。あの祖父の調子だと、恐らく十六夜は四六時中張り付かれ、振り回されていたのだろう。何とも気の毒だ。
「おーい十六夜! 遊んでないでそろそろ話を聞かせておくれ! 僕は妖街道が心配で仕方ないんだ!」
そこに油を注いだのは
「だぁっっ! どの口が言ってるんですかぁっ!? はぁ……もう嫌だあの滅茶苦茶野郎……」
十六夜は半ば金切り声と化している声を上げながら晴明を怒鳴りつけると、バァンと思い切り両手の拳を地面へと叩きつけるのであった。心無しか僅かに亀裂が入った様な気もする。
「は、ははは……」
そんな怒り爆発寸前の兄貴分の姿に、紅葉は力無く失笑を漏らす他無いのであった。
****
「事の顛末は僕も詳しくは聞いていません。心境的にそれどころでは無かったので」
十六夜は全員が席に着くなり、至極真っ当な顔をして堂々と言い放った。本人に言えばもちろん烈火の如く怒るであろうが、その様子は何処か晴明を連想させる。
「え、じゃあ俺たちは何を聞けば……」
「ご心配無く、代わりにこの
流石に仰天して十六夜をまじまじと見つめる紅葉。その言葉に即座に答えたのは、十六夜の傍に控えていた影津であった。彼は
「じゃあ早速お願いしようか、影津君!」
「承知しました。まず、我々が見つけたのは別の隠り世へと繋がる穴でした。攻撃をされた、との話も耳にしていたので穴の先は確認しておりませんが、妖怪たちの噂によれば空を飛んでいた模様です。なので、鳥の妖怪だと考えるのが妥当かと思われます」
影津は晴明の言葉を受け、スラスラと状況を説明していく。流石は十六夜の右腕、彼の説明には一切の淀みが存在していなかった。
一同はその話を聞いて息を呑んだ。妖街道は、地獄と繋がる弐番街道を除けば基本的に温厚な妖怪たちの集まりである。攻撃をされた、ということは繋がった穴の先にいる者は例外的で危険な存在である、ということだろう。
「わーっ!
無論その場にも例外は居たが。緋月である。もちろん緋月とて最初から聞く気が無かった訳では無かったが、隣で絵を描いていた御景が気になってしまったのだ。
声をかけられた御景は嬉しそうに笑う仕草を見せる。そうして完成した絵を緋月へと見せびらかした。
「……おや、それは十六夜ではありませんか! ふむふむ、確かにそっくりですねぇ。ヤタさんも太鼓判を押して差し上げようではないですか!」
それに先に反応したのはヤタであった。何故か彼女は少し偉そうに物を言う。しかし、御景も気にする様子は無く、無邪気に緋月の時と同じ様に笑う仕草を見せていた。
「――?」
御景は何を思ったのか、持っていた絵巻と筆を差し出しながら首を傾げる。その様子はまるで「二人も描いたらどうだ」と言っている様であった。
「描いていいの? あたしもお絵描き大好き!」
「ふふん、ヤタさんの神絵師的絵画を見せてあげようでは無いですか!」
もちろん二人――一人と一柱――は喜んで筆を手に取る。ヤタに至っては自信満々だ。そうして幼児たちは静かになり、御景は満足そうに笑っていた。
「んもぅ、お二人さん? ちゃんと聞いとらんと――えっ待ちぃアホガラス……
そこへ、ハクが二人の行動を
「はい? 何って……美少女ヤタさんの自画像ですが?」
ヤタは自信満々に描いた絵を見せびらかす。その声があまりにも大きかったのか、その場にいた全員が注目し――全員が信じられないと言った様に絶句した。
そこに描かれていたのは確かにヤタ本人。しかし、神絵師を自称するにはあまりにも稚拙で幼稚な完成度であった。円に乱雑に生やされた髪、目も身体も棒だ。
確かにヤタと言われればヤタに見えるが、何も言わずに見せられたのであれば何と答えればいいのか分からない代物である。隣に御景作の十六夜が並んでいるせいか、その稚拙さが顕著に目立っていた。
「……お前、後で鏡貸したるんよ」
絶句から一番に立ち直り、憐れむ様な茶々を入れたのはハクだ。その言葉にヤタは「どういう事です!?」と憤慨している。それ以外、誰も何も言わなかった。
「えぇ……本題に、戻りましょうか」
と、影津が困惑しながら口にするまでは。
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