七話 緋月と秋奈

 緋月の転入以外に特に連絡事項は無かったようで、賑わう中無事に朝のホームルームは終わった。そんな中緋月は、早速数多の生徒に囲まれていたのである。


「緋月って珍しい名前だね!」


「どこから来たの?」


「髪の毛凄い綺麗じゃん! 地毛?」


 緋月は次々と飛んでくる質問に辟易とする。何せ、緋月が答えるまもなく次の質問が聞こえてくるのだ。


「え、えっとぉ……!」


「ちょいちょい、緋月ちゃんめっちゃ困ってるじゃん! お前ら落ち着けし!」


 と、そこへ一人の女生徒がまるで救世主のように割り込んでくる。そのお陰で、緋月を囲んでいた生徒たちはハッとして「ごめーん」と申し訳なさそうに口々に謝った。


「んーん、だいじょぶ! 急に色々聞かれて、びっくりしちゃっただけだから!」


「いや、それ困ってるじゃん!」


 暗に困っていたと自白する緋月に、助けをくれた女生徒はツッコミを入れる。瞬間、どっと周りから笑いが起こった。


「あはは、緋月ちゃんちょー面白いね! 超アガんだけど! ……あ、うちは藤原秋奈ふじわらあきなってーの、アキって呼んで! よろしくね!」


 秋奈と名乗った少女はニコリと歯を見せて笑うと、緋月に握手を求めた。緋月も笑顔でそれに応じたが、その際にはあることが頭の中に浮かんでいた。


(この子……あの呪われちゃった子と一緒にコックリさんやってた子だ!)


 目の前で笑う秋奈は、緋月の記憶の中の少女と一致していた。確か彼女は、コックリさんが終わった後に画面に映し出された少女のはずだ。今と同じように「アガる」という言葉を口にしていた覚えがある。


「ね、緋月ちゃんさ、前の学校とかであだ名とかあった?」


 緋月が心の中でひっそり思案していると、不意に秋奈が目を輝かせながら問うてきた。もちろん前に居た学校など存在していない緋月は肝を冷やしたが、この程度の質問は焦ることは無いと自分に言い聞かせ、ゆるゆると声を絞り出す。


「え、えぇと……特に無かった、かな!」


「マジか! って言ってもまだ五月だしそりゃそっか! ね、じゃあうちがあだ名付けてもいい!?」


 緋月の答えに、現在が現し世で言う五月――つまり学校が始まったばかりということもあり、秋奈は自己完結を交えつつ納得していた。


「……! もちろん!」


 秋奈の提案に緋月は彼女と同じように目を輝かせた。今まで良くも悪くも周りにいたのは皆緋月より年上の者たちばかりで、あだ名というものには馴染みがなかったからだ。


「よっしゃせんきゅ! んーと、緋月っしょ? ひづきひづき……あっ! ひづ吉とかどう? 可愛くね!?」


「ひづ吉……!」


 秋奈はしばしの逡巡の後に「ひづ吉」という案を出した。それに緋月はより一層目を輝かせる。言いやすやも言葉の響きも最高だ。気分が高揚した緋月が「それいい!」と半ば叫べば、秋奈は「たりまえっしょ!」と嬉しそうに返した。


「そんじゃ今日からひづ吉はひづ吉ね! ね、ひづ吉はなんか好きなもんとかある?」


 秋奈は楽しそうに笑いながら緋月の顔を覗き込んだ。緋月はこれを絶好の機会だと捉えた。ここで「オカルトが好き」と答えれば、こちらが望んでいる話が聞けるかもしれないからだ。


「あ、あたしね〜お化けとか、妖怪とか好き!」


 緋月は自信満々に答えた。しかし、緋月の予想と違って秋奈の反応は芳しく無かった。彼女はあ、と小さく呟くと、目を見開いたまま硬直してしまったのだ。それだけでは無い。今まで別の所で話をしていた何人かの生徒も、ギョッとしたような顔でこちらを見ていた。


「あ、あれ……? あきちゃん……?」


「……っ、ご、ごめんひづ吉! ちょっとびっくりしちゃった、この話は後でしよ! そろそろ授業始まるし!」


 緋月の呆然とした様な呟きにハッと我を取り戻した秋奈はワタワタと手を振ると、そそくさと自分の席らしき場所へと戻っていく。驚いた緋月は彼女を引き留めようとしたが、丁度そのタイミングでチャイムが鳴って後ろ髪を引かれたまま前を向いたのであった。


****


「それじゃあ今日はこれで終わりねー、日直号令!」


 帰りのホームルームを終えた鈴鹿が日直にそう声をかければ、やる気のない声で「きりーつ、れーい」と号令がかかった。緋月も周りに合わせて号令に従う。

 疲れ果てた様な「さよなら」が教室に響き渡って、それから生徒たちは蜘蛛の子を散らすように教室から去っていた。中には今日入ったばかりの緋月に「じゃあね」と声をかけて行く親切な生徒もいた。


「おーいひづ吉〜、家どっち? 一緒帰ろ!」


 声をかけてくれた生徒に緋月が手を振り返していると、秋奈が後ろから声をかけてきた。どうやら朝の件は引きずっていないようだ。


「えっとねぇ、あっち!」


 緋月が相手に見えない狐耳をピンと立てながら陰陽亭の方向を指せば、秋奈は「一緒だ!」とクシャッと笑った。


「……あ、誘っといてあれなんだけどさ、うちいつも一緒に帰ってる子がもう二人……いや、今は一人なんだけど、その子待ってもいい?」


 緋月が重たい鞄を持ち上げた所で、秋奈はふと思い出したように質問する。緋月はもちろん承諾した。緋月も緋月で紅葉を待たないとならなかったからだ。紅葉のことを秋奈に伝えれば、秋奈は「もち!」と同じく承諾した。



「てかさ、ひづ吉ってどこから来たん?」


「あたし? え、えぇと……山?」


「何それ! ガチ田舎ってこと? やば、おもろ!」


「……あ、あきちゃん! お待たせ……!」


 緋月が出身について聞かれ、冷や汗を流しながら答えていると、教室の入口から秋奈の名を呼ぶ声が聞こえた。


「お、ちさ! 今日さ、転入してきた子も一緒に帰っていいー?」


 名を呼ばれた秋奈は嬉しそうに相手へ近寄っていく。緋月もそれの後に続いた。


「え、私も同じこと言おうとしてた……!」


 秋奈を呼んでいたボブカットの少女は、秋奈の提案に目を丸くて驚くと、その驚きのまま呟いた。


「マジ? 運命じゃん! ……あれ? てか転入生ってもしかして……」


 秋奈は目を輝かせて言った。そして、秋奈言う通り、友人の少女の後ろには緋月の知った顔が一つ。


「……あっ、紅葉!」


「あはは、何かそんな気はしてたぜ」


 今度は緋月が目を輝かせる番だった。緋月が安堵したように紅葉に声をかければ、紅葉も同じくどこか安心した様に笑って答えた。


「あ、じゃあこの子が紅葉ちゃんのお友達なんだ……」


「おう。んで、こっちの人が噂の千里の友達だな?」


 千里と呼ばれた少女が見つかってよかったという様な表情で呟けば、紅葉も同調するように笑って頷いた。そして彼女は秋奈に視線を移すと、「よろしく」と言いながら手を差し出した。


「もち~! アキって呼んでちょ! えーっと確か、紅葉ちゃんだったよね? じゃあ……くー子とかどう?」


 秋奈は喜んで紅葉の手を取ると、早速彼女にあだ名の提案をした。あまりに唐突なことだった為、紅葉は思わず「は?」と口にしてしまった。慌てて口元を押さえたが、もう遅い。


「ごめんごめん、あだ名だよ! ひづ吉はあだ名無かったって言ってたからさ! ……あ、もしかして嫌だった?」


 紅葉の呟きに慌てて秋奈は訂正した。彼女は余計なお世話だったかという様に紅葉の顔を覗き込む。申し訳なさそうな秋奈の態度に、紅葉は急いで首を横に振ると、


「いや全然! いきなりだったから何のことかと思っただけだよ、いいじゃんくー子! よろしくな!」


 と、あだ名で呼ばれることを受け入れた。その言葉に秋奈も安堵したように笑った。


 そうして四人はしばらくその場で談笑していたが、不意に部活動の開始時刻のチャイムが鳴り響き、先生に見つかる前にそそくさと退散を始めたのであった。

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