八話 鬼と宴会と霊山と(二)

「……にしても、おっちゃんたちは本当にお酒好きだねぇ」


 はむはむと美味しそうにおにぎりを頬張っていた緋月は、永遠に酒を飲み続けている二人を見てしみじみと呟いた。


「あだぼうよぉ、俺たちゃあこうやって酒を酌み交わしている時がいっちゃん楽しいからな!」


 赤鬼は悪びれる様子も無く、緋月の言葉をあっけからんと笑い飛ばした。


「何せオジサンたちの先祖には酔っ払って殺られちまった、酒呑童子サマっちゅうお方もいるモンだしねぇ」


「えぇ……」


 続く灰鬼もとんでもないことを口にし、緋月は若干引いていた。確かに緋月も酒呑童子という名前を聞いたことはあったが、まさかそんな最期を迎えているとは知らなかったのである。


「ほら、何てぇんだったか? あの、ほらよ……あ、あべ……あべの……」


 と、そこで赤鬼が何やら聞き覚えのある苗字を呟き始めた。緋月は驚いたように耳をピンと立てて、赤鬼をまじまじと見つめた。


「……! 安倍晴明?」


「あぁ! そうそう、安倍晴明だ!」


 そこでいの一番に思い当たった名前を告げれば当たりであった様で、赤鬼はパチンと指を鳴らしてそれだと叫んだ。


「はは、その安倍晴明って奴に居場所が突き止められなきゃ、酒呑童子サマもおっちんじまうことも無かっただろうねぇ」


 灰鬼は盃を傾けながら、おかしそうにケラケラと笑う。呆気ない先祖の最期を酒のつまみに出来るあたり、肝の座った人物だと言えるだろう。


「そのしゅてんどーじ様って言う鬼が、おっちゃんたちのご先祖さまなの?」


「おうよぉ」


 おにぎりを食べ終えた緋月は口元を拭いながら、降って湧いた疑問を二人の鬼にぶつけた。

 すると赤鬼が頷きながら、再び盃の中の酒を一気に飲み干した。


「えーっ!? 凄い偶然! あたしねっ、その安倍晴明様の孫娘なんだよっ!」


「はぁ? 孫娘だぁ!?」


 緋月がパッと目を輝かせて告げれば、赤鬼は今にもむせそうな勢いで驚いた。少し間が悪ければ、彼は吹き出していたかもしれない。


「おいおい嬢ちゃん、そりゃ本当なのかぇ?」


 灰鬼も手にしていた盃を今にも落としてしまいそうな程に驚いて、戸惑ったように聞き返してきた。


「本当だよ! えへへ、だからあたし、こう見えてもすごーく強いんだよっ!」


 緋月は肯定してその場に立ち上がると、腰に手を当てて得意気な顔になる。その顔には、エッヘンと言う文字が書いてあるようにも見えた。


「そりゃすげぇけどよぉ、だからって霊山には行かせねぇからなぁ?」


 赤鬼は素直に緋月を褒めつつも、危険なことに変わりはないと言ったように牽制をした。


「う……で、でもでも、しゅてんどーじ様ってすっごく強かったんでしょ?」


 緋月はその言葉に軽い衝撃を受けて少し凹んだが、すぐさま立ち直って言葉を続けた。まだ何か考えがあるようだ。


「そりゃそうだろうねぇ、酒呑童子サマはべらんめぇに強いんだ。だから歴史にも残るってことだよぅ」


 灰鬼は緋月の言葉に、ちびちびと杯の中の酒を飲みながら答えた。その表情はどこか誇らしげで、先程の緋月の表情にも似ていた。


「それと一緒なの! 晴明様もべらんめーに強いんだからっ! その孫のあたしも平気っ! だって、おっちゃんたちも強いんでしょ?」


 灰鬼の自慢げな話を聞いて、緋月はふんふんと鼻息を荒く告げた。最後の一言は純粋に緋月の心からの言葉だ。決してお世辞ということは無い。


「がはは、そう言われると何も反論出来ねぇなぁ……」


 赤鬼はこりゃ一本取られたと言うように破顔して、ケラケラと腹の底から楽しそうな笑い声をあげた。


「そー言うことだからっ! あたしはだいじょーぶっ! それじゃあねっ! おむすびありがとーっ!」


 そう言いながら緋月は駆け出したが、大笑いをしている赤鬼は気付かない。


「……あっ!? おい待てっての!」


 気付いた頃にはもう遅かった。緋月の姿はもう小さくなり始めていて、立ち上がって手を伸ばしてももう届かない位置になっていた。


「本当に危なくなったら逃げるからぁっ!」


「そうじゃなくて! ……って、行っちまった」


 叫ぶ緋月の言葉に声を荒らげて返すも、緋月は止まらなかった。完全に緋月の姿が見えなくなって、赤鬼は呆然と立ち尽くすばかりであった。


「おいおい、どうすんだ? いくら嬢ちゃんが強いって言ったって、今回の脱走犯は一〇二二ひとまるにーにーだろう? 相当の悪鬼だぜ」


 そんな困り果てている赤鬼の背中に、灰鬼は慌てているのかいないのか判断できない調子で話しかけた。


「元はと言えばおめぇさんが……って、そもそも俺たちがこんなとこで油売ってたのが悪ぃのかぁ」


 どこか他人事のような態度の灰鬼に文句を言おうとした赤鬼は、そもそもの非は自分たちであることに気が付き、静かにため息をついた。


「へへっ、そりゃ言えてるねぇ」


 灰鬼はその言葉に笑いながら自分たちの周りに転がっている赤ら顔の鬼たちを眺めた。


 緋月は一向に気付く様子はなかったが、二人の周りに転がっている鬼には皆同じように手錠やら足枷やらが付いていた。つまり、これらの鬼は皆脱獄犯ということなのだ。


 二人はこの脱獄犯たちを、自分たちの先祖と同じように酒をたらふく飲まして酔い潰したのである。



「チッ、しょうがねぇ……楪葉ゆずりは隊副長の富嶽ふがくからへ」


 そして赤鬼――富嶽は面倒くさそうに舌打ちをすると、無線を使用して本部へと連絡した。


『――こちら隊長、楪葉だ。どうした富嶽、何かあったのか?』


 程なくして無線の向こうから凛とした女隊長の声が聞こえてくる。


「よぉ隊長、ちょいと緊急事態だ。陰陽亭の赤い嬢ちゃんが一人で霊山に行っちまってなぁ。至急応援を頼みたい」


『何? 陰陽亭の? ……どうしてお前が急行しないんだ?』


 富嶽が軽い調子で緊急事態だと告げれば、隊長の声は針のように尖り、こちらの痛いところを突いてくる。


「はは、それがよぉ、別の脱走犯を捕まえて油を売ってるトコで遭遇してよぉ、後を追おうにもまずぁコイツらを本部に連れてかにゃならんのだ」


 それを笑いながらいなして弁明をすれば、明らかに呆れているだろうため息が聞こえてきた。


『はぁ……、全くお前と言う奴は……どうせ油を売っていたということは蓬莱ほうらいも一緒なんだろう? とにかく誰かしらを回しておくから、お前たちも今すぐに戻ってこい』


 隊長は全てお見通しであった。蓬莱というのは灰鬼の名前である。


「あいよ」


 富嶽は短く返事をして無線を切ると、未だに酒を飲む手を止めない蓬莱を振り返って声をかけた。


「さぁて、戻るぜ蓬莱。ウチの女王様はお冠だからよぉ」


「はは、おっかないねぇ」


 そんな富嶽の言葉を聞いた蓬莱は楽しそうに笑って盃を空にすると、おもむろに立ち上がった。

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