三話 ︎︎明かされる真実(二)

「え……?」


「お爺様は現し世にいるはずなんだ。……その、緋月の記憶を戻させない為に、ええと……封印の後、すぐに現し世に移った、から……」


 『現し世』という意外な言葉を聞いて思わず聞き返す緋月に、十六夜はどこか歯切れの悪い様子で答える。


「……! それじゃあ、あたしたちも現し世に行けば……!」


 緋月はいい事を思いついたという風に、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がる。

 しかし、対峙する十六夜の表情は晴れず、むしろ更に陰って首を振るった。


「それは無理だ……。いくら半妖と言えど、妖怪の血の方が濃い僕たちが無事にいれる保証はない。それに……」


「妖街道から現し世まで行くには何年もかかる……だっけか」


 言い淀んだ十六夜の言葉を、紅葉がぼんやりとした記憶を頼りに引き継いだ。


「そ、そうなんだ……知らなかった……」


 二人から否定され、緋月はがっくりと肩を落とし力が抜けたように座り込んだ。

 この辺りの知識は一般には知られていないことだ。緋月が知らないのも無理はない。


「……例えばお爺様のように、直接現し世に繋げられるほどの強力な力が僕にあれば良かったんだけど……」


 十六夜はかつての祖父の荒業を思い出し、無意識のうちに顔をしかめながら自分の無力さを呪う。


「夜兄さんがそういうってことは、本当に晴明様以外はできないってことなんだな……」


 紅葉は十六夜の言葉に事の深刻さを理解する。同時に、晴明の凄さも思い知った。


「本当、何のための唯一神なんだか……」


 そう、何を隠そう十六夜は妖街道の唯一神なのだ。権力の全てが――否、妖街道の全てが彼の意のままなのである。

 そんな十六夜に出来ないことが、この場にいる他の誰にも出来るはずがないのだ。


「じゃあ、晴明様とお話するのは絶対に無理って事……?」


 唯一神である兄をもってしても不可能、という事実に緋月は不安になる。


「いや、“対話鏡たいわきょう”を使えば連絡を取れる可能性はあるよ。だけど、だいぶ前から何度やってもお爺様には繋がらなくて……」


 不安がる緋月を安心させるように、十六夜は慌てて告げた。しかし、安心させるだけとはいかず、更に不安にさせてしまうような要素まで口にしてしまった。


 対話鏡というのは、相手を念じて少し力を注ぎ込んでやれば、その念じた相手と話ができるという代物だ。もちろん、相手も同じものを持っていないと成立しないが。


「たいわきょー……ってあの色んな所に置いてある奴? あれって晴明様にも繋がるの?」


 だがそれよりも緋月は身近に存在しているものの有用性を知り、驚いたような顔で十六夜に問うた。


「……残念だけど、街道に置いてあるのは僕が複製したもので、あれは元々お爺様が作り出したものなんだ。お爺様に繋がるのは、月楼げつろうに置いてある一枚だけだよ。まぁ、繋がるのもあの人が妖街道ここか現し世にいれば、なんだけどね……」


 想定していた反応と違う反応が返ってきたため十六夜は一瞬目を見張ったが、すぐにまた申し訳なさそうな表情で説明をした。


「その一枚だけの対話鏡でも晴明様に繋がらねぇって事はまさか……現し世にいない可能性もあんのか!?」


 その説明を受けて紅葉は瞬時に理解する。

 妖街道か現し世にいれば繋がるはずの対話鏡が何度やっても繋がらない。それはつまり、実質晴明が行方不明と言うことでいいのだろう。


「そう、……つまり僕たちは現状詰んでいるんだ。一刻も早くお爺様を呼び戻さなくちゃいけない。でもその方法がどこにも無いし、そもそもあの人がどこにいるかも分からないんだ……」


 十六夜は目を伏せて静かに呟いた。その表情には微かに晴明に対する苛立ちと、この状況に対する焦りが混じっていた。


「ええっ!? どうしよう、このままじゃ妖街道が……!」


 ここまで細かく説明され、ようやく緋月は事の深刻さを理解したようだ。そう切実に叫ぶ表情は、最悪な事態を想像したせいか恐怖に染まっていた。


「あぁ、怖がらせてごめんね緋月……。僕もどうにか、どうにかしてお爺様と連絡を取ってみるから……」


 今にも泣き出してしまいそうな妹をみて、十六夜は胸が張り裂けそうな思いになる。

 緋月を安心させるために自分ができることは一つ、祖父と連絡を取る事だけだ。


「…………」


「……、本当にごめんね二人とも。今日はもう臨時休業にするからあがっていいよ」


 緋月につられて黙り込んでしまった紅葉をみて、十六夜は心底申し訳なさそうに休みを取る許可を与えた。


「あ、いや……今日の分の持ち込みの依頼があと一個残ってるから、それだけ終わらせなきゃ……」


「あ、そうだった……! 小雪さんすっごく困ってて悲しそうだったから、早く行かなきゃ……!」


 しかし真面目な紅葉はそれを拒み、緋月も慌てて紅葉に続いた。

 持ち込みの依頼は、依頼者本人からしたら相当深刻な問題のはずだ。それを無視しておく訳にはいかない。


「でも、平気なの? ……って僕が言うのも変な話だけど、あんな話聞いたばかりなのに……」


 先程の状況を目の当たりにしていた十六夜は、心配そうに二人をみつめる。


「……うんっ、だいじょーぶだよっ! あたしが本当に晴明様の孫娘なら、尚更困ってる妖怪ひとの事ほっとけないもん!」


 そんな兄の心配を吹き飛ばすように、緋月はニッコリと笑う。

 自分は他人のために行動していたあの安倍晴明の孫なのだ、だから大丈夫なのだと言うように。


「……俺も。まだ信じられてないけど、それが困ってる妖怪を放っておく理由にはならないしな!」


 紅葉もくすりと笑って胸を張る。やはり緋月の従姉妹だけあって、考える事は同じようだ。


「…………ふふ、頼もしいね二人とも。何かあったらいつでも僕に言うんだよ」


 そんな頼もしい妹たちを目にした十六夜は、何故だか泣きそうな気持ちになって微笑んだ。そして、困った時には必ず手を貸す事を約束した。


「もちろん!」


「うん、ありがとう夜兄さん」


 そんな優しい十六夜に、二人は笑顔で礼を告げた。


「よし、行くぞ緋月!」


 紅葉はそうと決まれば、と言う風に立ち上がると、近くに置いてあった依頼帳簿を手にし外へと駆け出した。


「あっ! 待ってよ紅葉ぁ!」


 緋月も慌てて立ち上がると、紅葉の後を追いかけて走り出す。



「……あぁ、待って緋月。もう一つ、緋月に伝えておきたいことがあった」


 そんな緋月を、十六夜は静かに呼び止めた。


「ほぇ? なぁに?」


「緋月は……、“平安時代を生きた緋月”は、凄腕の陰陽師だったって聞いてるよ」


 キョトンとしながら足を止めた緋月に、十六夜は優しく微笑みながら唯一聞かされていた過去を話を聞かせた。


「……! 凄腕の……!」


 その言葉に緋月の表情はパァっと明るくなった。


「…………それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」


「……うんっ! 行ってきます!」


 緋月は兄の見送りの言葉を受け取ると、笑顔のまま外へと走り出した。



「……本当、強い子たちだなぁ……」


 一人陰陽亭に残った十六夜は、頼もしく育った妹たちを想って、静かにただ静かに涙を落とした。

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