三話 ︎︎明かされる真実(一)

「あたしたちが……安倍晴明の孫……?」


 緋月は青ざめた顔で呆然と呟いた。

 十六夜は生真面目で誠実な人物だ。もちろん緋月や紅葉をからかうように冗談を言う事もあるが、これは冗談にしてはやりすぎだ。


「な……、どういうことだよ夜兄さん……っ!?」


 紅葉も声を荒らげて立ち上がり、十六夜の言葉に説明を求める。

 その表情は緋月同様青ざめていて、どうか嘘であってほしいという想いが切実に現れていた。


「…………言葉の通り、だよ。驚かせてごめんね……」


 だが十六夜は静かに首を振った。これは冗談などではないと、変わることのない事実なのであるという意味を込めて。


「そんな……そんなのおかしいだろ!? だって安倍晴明ってのは大昔の人間だぞ!?! いくら俺や緋月が妖怪だからって……そんなの有り得ない!!」


 まるで岩のような態度の十六夜に、紅葉は詰め寄って反論した。

 いくら何でも辻褄が合わないと、今まで以上に声を荒らげながら。


「……! そ、そうだよおにぃ!! だってそれだったらあたし、平安時代に生まれたことになっちゃうよ!?」


 それまで呆然としていた緋月も、紅葉の言葉を聞いてハッとし、それに続いた。

 緋月には妖街道で育った記憶しかない。物心ついた時から既に、この世界に住んでいたのだ。


「そうだよ! だって……だって俺が生まれたのは……!」


「落ち着いて二人とも……って言っても無理だよね。本当にごめん、混乱するのもわかるけど、一度順を追って説明させてくれないかな?」


 動揺を隠せず声を荒らげる紅葉の言葉を遮って、十六夜は冷静に二人を宥めようと声を発する。

 その視線はまるで子供を諭す親のように、ただ真っ直ぐと二人を捉えていた。


「おにぃ…………うん、わかった」


 兄のその真っ直ぐな視線に射抜かれて、緋月は静かに頷いた。


「っ……! でも……っ!」


 しかしそれでも納得のいかない紅葉は、再び十六夜に食ってかかろうとする。


「紅葉……、おにぃの話、聞こう……?」


「……! ひづ、き………ん、わかった……」


 緋月はそんな紅葉の袖を引っ張り静かに語りかける。訴えかける様な緋月の表情に少し冷静になったのか、彼女はしばしの沈黙の後に頷いた。


「……ありがとう二人とも。とりあえず座って待っててくれるかな? 『臨時休業』の看板を掛けてこなくちゃ……」


 ひとまず話を聞く体勢になった二人をみて、十六夜は静かに礼を告げる。それから二人に座るように促し、扉に掛けてある札を変えに一度離席した。



「……さて、とはいえ何から話そうかな……」


 札の表示を変え、二人の待つ席に戻ってきた十六夜は物憂げな表情のまま呟いた。その表情から察するに、隠された事実は相当大きな事なのだろう。


「そうだな……、まずさっき言ってた通り、緋月は平安時代に生まれているんだ」


「……! でもあたし……そんな記憶ない……」


 十六夜の口から語られた事実は、緋月を震えさせた。そんな事は知らない、覚えていない。けれども、兄の表情が真実であることを告げてくる。


「うん、そうだね。……昔、緋月が妖街道にくるきっかけになった大きな事件があったんだ。その際に安倍晴明――つまりお爺様が僕たちの記憶も含めて、“平安時代の安倍緋月”に関する全ての情報を封印してしまったんだ」


 困惑する緋月をみて、十六夜は詳しい説明を試みる。

 つまり緋月に平安時代の記憶が無いのは、緋月への負担を減らすために封印されているからだという。


「記憶を……」


 それを聞いて緋月は俯いた。

 ならば今の自分は、平安時代に関わった全ての人や妖怪のことを忘れてしまっているのだろうか。


「じゃあもしかして……、あたしもとー様とかー様と過ごしたことがあるってこと……?」


 それはつまり、既に人の輪廻を巡ってしまった父母の記憶が存在しているということで。


「そういうこと、だね」


 緋月の問いに十六夜は静かに頷いた。

 緋月は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちのまま、再び机の模様をじっと見つめた。


「なぁ夜兄さん、俺は?」


 緋月が平安の生まれなのであれば、自分は一体何なのか。紅葉はそんな面持ちで十六夜を真っ直ぐに見つめる。


「紅葉は別だ、君のお父様がお爺様……ええとつまり、晴明様の息子なんだよ。お父様が元人間って言うのは聞いた事があるでしょ?」


 その視線を受けて、十六夜は優しく微笑み言葉を返した。


「……そう言う事、だったのか……」


 自身の父の詳しい出生についての話を聞かされ、紅葉は目を丸くして、それから納得がいったような表情になって口をつぐんた。



「…………、隠しててごめんね。僕も詳しくは聞かされてないけど、お爺様にこう言われたんだ。『“あの事”は確実に緋月と紅葉の負担になる。それに妖街道を守る為にも、この封印の事は絶対に隠し通さなきゃいけないよ』って」


 すっかり黙り込んでしまった妹たちをみて、十六夜は申し訳なさそうに呟く。

 そして静かに目を閉じて晴明に言われた言葉を思い出し、緋月たちにもそれを話して聞かせた。


「妖街道を……? もしかしてそれって……」


 そこに含まれた『妖街道』という単語を、紅葉は聞き逃さなかった。顔を上げ、どこか焦ったような表情で十六夜に問うた。


「……それは分からない。もしかしたら紅葉の言う通り、封印に何かあったのかもしれない。だけど、僕はその封印が何処にあるのかもさえ知らないんだ。それを知っているのはお爺様ただ一人だから……」


 対する十六夜の答えはまた曖昧なものであった。その上、封印の事を詳しく知っているのは晴明だけだと新たな事実を露呈させる。


「じゃ、じゃあ晴明様を探しに行かなきゃ……! えっと……晴明様は今何処にいるの?」


「…………現し世にいる」


 ハッとした様子の緋月の言葉に、十六夜は静かに答えた。

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