二話 ︎︎思い出した!(二)

「いやぁ、助かったぜ二人とも。本当にすまねぇなぁ」


「いえいえっ! 困った時はお互い様ですよ!」


 そうして壱番街道、大通り。

 無事に八百屋まで三郎を送り届けた緋月と紅葉は、本当に助かったとお礼を言われていた。


「頼りになるなぁ……、ウチにもこんなに頼れる孫娘がいりゃ良かったんだがな! わはは!」


 すっかり上機嫌になった三郎は、豪快な笑い声をあげながら緋月と紅葉の肩をバシバシと叩いていた。


「あはは、俺たちは孫娘にはなれないけど、何時でも力になりますんで陰陽亭の方もよろしくお願いしますね!」


 紅葉はその言葉に笑いながら、ちゃっかりと陰陽亭の宣伝までしていた。三郎もおうとも、と白い歯を見せながら頷く。


「……? 孫娘?」


 一方の緋月はキョトンとした表情を浮かべていた。


 何故かは分からないが、孫娘という言葉が引っかかって消えない。

 たった今初めて話題にあがったはずの言葉なのに、つい最近にも誰かに言われた覚えがあるような……。


「……おい緋月、何ぼーっとしてんだ、行くぞ!」


「へ? あ、うん! おじちゃんまたね!」


 緋月は物思いにふけっていたが、横から紅葉に小突かれて我に返った。慌てて返事をすると、紅葉は怪訝そうな顔をこちらに向けた。


「おう、ありがとうな!」


 緋月の様子に気付いていない三朗は、朗らかに笑いながら二人を見送る。そんな彼に緋月は手を振り、紅葉は軽く頭を下げてから八百屋を後にした。



「うーん孫娘……?」


 陰陽亭に帰る道中、依然孫娘という言葉が引っかかる緋月は頻りにうんうんと唸っていた。


「何だよ、そんなに孫って言われたのが気になんのか?」


 そんな緋月の様子を見た紅葉は、再び怪訝そうな顔で緋月を見つめた。彼女の視線には若干の呆れの色が見えた。


「へ? あ、そうじゃなくね! なんかあたし、最近他の人にも孫娘って言われたような気がして……」


 思案していたところに突然話しかけられ、緋月はぱちくりと瞳を瞬かせた。まるで変な物を見るかのような紅葉の視線に気付き、緋月は慌てて言葉を付け加える。


「はぁ〜? 何だよそれ……」


 しかし彼女の怪訝そうな顔は深まるばかりで、正直何の解決策にもならなかった。紅葉はため息をついて眉をひそめた。


「うぅ、本当なんだよぉ……はぁ、誰だったっけなぁ……」


 緋月は情けない声を出して紅葉に縋るが、知らんわと冷たくあしらわれてしまった。



 孫娘。


 無論それは何の変哲もない言葉だ。比較的歳をとった妖怪が多い妖街道で生活をしていれば、おそらく自然と耳に入る回数も多い言葉だろう。


 だがしかし、どうしても緋月はこの言葉が引っかかるのであった。

 誰かの会話から聞こえてきた訳ではなく、それは自分に対して言われた言葉のような――



『今はお眠り、安倍晴明の孫娘』



「あーーーっっっ!! 思い出したぁっっ!!」


 と、そこまで考えた途端、緋月の脳裏に再び老婆の声が蘇って、緋月は思い切り声をあげた。


「うわーーっっ!? なんだよ急に!?」


 唐突に大声を出した緋月に呼応するように、紅葉も声を荒らげて反応する。既に大通りに到達していた為、何事だろうと周りの視線が二人に集まった。


「ちょ、な、なんだよ緋月。どうしたんだよ?」


 その数多の視線に気付いた紅葉は、慌てて緋月を路傍まで引っ張り小声で話を聞いた。


「おばぁさんだよっ! あの妖街道が滅びるって言ってた……あたし、あの人に『安倍晴明の孫娘』って言われたんだよ!」


 緋月は少し興奮したような口調で紅葉に告げる。


 そうだ、そうだった。あの時の記憶があやふやで目覚めた時には覚えていなかったが、確かに老婆は『安倍晴明の孫娘』と言ったのだ。


 これがもし本当のことならば、妖街道が滅ぶ事と同じくらい重大な事では無いだろうか。


 緋月はそういった気持ちで紅葉の言葉を待った。


「…………はぁ〜…………ったく何だよ、また夢の話かよ? 真剣になって損したぜ……」


 しかし、彼女はやはり今朝の話を信じていないようで、再三心底呆れ返ったようなため息をついて緋月に呆れの視線を向けた。


「なっ、だから夢じゃないってばぁっ!! 信じてよぉっ!」


「へーへーそりゃ凄いですねー、安倍晴明様の孫娘さーん」


 そんな取り付く島もない様子の紅葉に緋月は悲しそうな顔で懇願するが、彼女は適当な返答をして陰陽亭へと足を進め始めてしまった。


「あーっ! 絶対に馬鹿にしてるでしょそれ!」


 緋月の悲惨そうな叫びが壱番街道に響き渡り、静かにその様子を見守っていた観衆達は、なんだいつもの事かと笑いながら各々いつもの生活に戻っていった。

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