第104話深田美紀の悩み

深田美紀は、夜も眠れないくらいに、悩んでいた。

それは、孝太から「もう一人前になったから、赤坂クイーンホテルに帰ってもいい」と言われた時からである。


自分自身、「とても、そんな一人前の腕ではない」と自覚していることもあるし、何より自分の視界から「柿崎孝太が消えてしまう」ことが、本当に辛い。


もちろん、「完璧主義者の柿崎孝太」なので、仕事は厳しい。

そんなことは、赤坂クイーンホテルで、同僚だった時から、百も承知。

それ以上に、「仕事をしっかり、きっちり仕込んでくれる柿崎孝太」には「感謝以上のもの」を感じていたし、「吉田パテシィエと鈴木パテシィエの陰湿な苛めから日々守ってくれた柿崎孝太」には、絶大な信頼感と安心感を持っていたのである。


「孝太さんの所に行きたい」と、松田パテシィエ長に「無理」を言ったのも、実は自分から。

松田パテシィエ長は、「孝太君も酷く忙しいだろうから、身体を壊されても困る」などとつぶやきながら、懸命に「研修させたい」と支配人に掛け合ってくれた。


「まだ、帰りたくない」

「孝太さんの所にいたい」

「忙しいし、厳しいけれど仕事に張り合いがある」

「みんなと別れたくない」


ただ、それ以上に、深田美紀は、自分の心の奥の変化にも気がついていた。


「私は、柿崎孝太さんが、好き」

「孝太さんが近くにいるだけで、胸が熱い」

「いなくなると、辛い」

「孝太さんが、祥子さんや美和さん、奈津美さん、ヴィヴィアンと話をしていると、不安」

「ずっと、隣にいたい」

「出ていけ、と言われても、隣にいたい」


「これは恋?」と想うけれど、「孝太さんと祥子さんには割り込めないし」「美和さんもヴィヴィアンも狙っているし」「奈津美さんもダークホース?」「ミシェルは・・・アランが好きみたい」との分析の中に、「帰ってもいい」と言われた自分は「圏外」である。


「あーーー・・・・どうしよう・・・」

「帰りたくないよーーーー」


そんな思いが続いていたある日、当の孝太から、話があった。


「美紀さん、この前はごめん」

「俺も、いろいろ錯乱していて、つい余計なことを言ってしまった」

「もう少し、ここにいてくれないか?」

「松田パテシィエ長には話を通してある」


深田美紀は、悩みがパッと晴れた。

「はい!よろしくお願いいたします!」


できれば孝太に抱きつきたかったけれど、すぐ近くに祥子と美和がいたので、残念にも実現は出来なかった。

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