第102話官房長官の話は続く

官房長官の話は続く。

「悪しき事なかれ主義と言うのか」

「とにかく、自分たちの責任を回避したがるんだ、日本の官僚たちは」

「例えば外務省は海外では日本国民を保護するのが、仕事になるけれど」

「ところが日本人が酷い目に遭っても、知らんぷり」

「逆に、上手くいけば、自分たちの手柄にする始末」

「面子と隠れた利権だけは欲しがるが・・・」

官房長官は、そこまで言って、一息をつく。


孝太は、慎重に言葉を選ぶ。

「それでは、先方の希望通りの日程で、受け入れてもよろしいでしょうか」


官房長官は、強い声。

「当たり前、孝太君が悩む必要はない」

「警備については、官邸でも考えるし、市長と県知事も念を押した」


孝太は、安心した。

「ありがとうございます。助かりました」


官房長官の声がやわらかくなった。

少し、湿ったような感じもある。

「実はね、私は、若い頃から、ホテルマンとしての保さんに、お世話になった」

「いろんなパーティーで、手抜かりなく準備してくれてね」

「それと、柿崎さんのパンには本当にお世話になったんだよ」

「地方議員の時代からの付き合いでね、大らかでいい人だった」

「その後も、国会議員になって官房長官になって・・・野党の反対で、政策が実現しそうになくて、悩んでいる時に」

「孝太君のお父さんのパンが急に食べたくなって、電話して」

「そしたら、ああ、焼くよって、二つ返事、もう夕方だったのに」

「私は、永田町から駆け付けたよ」


孝太

「そうだったんですか・・・それは」


官房長官の声が完全に湿った。

「美味かったなあ・・・あのコッペパン・・・」

「お父さんが、その政策に自信があるなら、がんばれって・・・励ましてくれて」

「お土産に、アンパンを10個」

「そのまま官邸に持ち帰って、総理と食べたよ」

「総理も美味い美味いって、何個も食べてね・・・」

「息を吹き返したよ、あの時は」


「若い議員さんは知らないが、俺たちの世代の政治家は、浪花節でね」

「お世話になった人には、何としても、報いたい」

「だから、余計なことを言わずに、任せて欲しい」


孝太の声もやわらいだ。

「ありがとうございます、本当に」


官房長官は、言葉を追加した。

「いつか、二人きりで話したい」

「頼みたいことがある」


孝太は、「わかりました、その時にはお声をおかけください」と答えたけれど、官房長官は、何も具体的なことは言わなかった。


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