第98話沈痛な孝太 アランの怒り

孝太は、沈痛な面持ちで、田村支配人に言われたことを一通り話し、全員に頭を下げた。

「俺の不始末で、本当に申し訳ない」

「下手に、ケーキコンペであんなことになったのが、こんな結果に」

「みんなの身に、危険が及んではならない」

「ヴィヴィアン、アランははるばるパリから、何と詫びていいのか、言葉もない」

「深田美紀さんは、もう一人前、胸を張って赤坂クイーンホテルに戻ってくれ」


孝太は、ここで間を置いた。

「俺の今後は、まだ、決められない」

「もちろん、パン屋は無理だろうし」

「ケーキも、作る気が失せた」


真奈は、孝太を見つめたまま、泣き出した。

「兄ちゃん、酷すぎる・・・」

「そこまで、ホテルに責められたの?」

「兄ちゃんは、何も悪いことしていないでしょ?」

「実家のパン屋を継いで、約束通り、ケーキイベントも立派に成功させて」

「兄ちゃんのレシピのケーキで、ホテルは儲かっているんでしょ?」

「お兄ちゃんは、クイーンホテルの功労者だよ・・・」

「そのお兄ちゃんを・・・」

「クイーンホテルなんて・・・もう・・・嫌!」


祥子は真奈の手を握っている。

「孝太君は、みんなの安全を願って、言っているの」

「孝太君も、辛いの」


美和も泣きだした。

「あのトップが言いそうなことだよ」

「欲しいのは金と面子だけ」

「それもヨーロッパのセレブ階級の中しか、考えていない」

「日本の横浜なんて、どこにあるのかも知らない、そんな人」

「この私だって、気に入らなくなって、いきなり降格、シンガポールに飛ばそうとした」

「だから、私の父も嫌気がさして、あのホテルを辞めたの」


松浦奈津美も厳しい顔。

「確かに、パリの上層階級の人たちは、日本なんて、どこにあるのか知らない」

「インドネシアもシンガポールも日本も見分けがつかない」

「しかも、自分たちが絶対的に格上と思っているから、少しでも意に沿わないことをすると、思い切り踏み潰しに来る」

「その結果、相手がどうなろうと、気にすることは無い」

「ゴミ廃棄くらいとしか、考えない」


保も苦々しい顔。

「歴史のある柿崎パン店と田中珈琲豆店と言っても、彼ら世界のトップを自認する人たちからすれば、場末も場末」

「気に入らなければ、暴力でも何でも使って、つぶすだけ」

「日本の警察も政府も、なされるがまま、事なかれ主義で」


ずっと辛そうな顔で話を聞いていたヴィヴィアンが、日本人全員に頭を下げた。

「ごめんなさい、みんな」

「確かに、そういう驕り高ぶっている人はいる」

「でも、一握りだけ」

「フランス人全員はそうでないよ」

「少なくとも、私は孝太君が好きで、日本が好きで、ここに来たの」

ヴィヴィアンも結局、泣き出した。

「だから・・・」

孝太は、ヴィヴィアンの揺れる身体を支えた。


厳しいと言うよりは、怒りの顔で(ミシェルに通訳されて)話を聞いていたアランが口を開いた。

「俺に任せて欲しい」

「まず、叔父の大使に連絡する」

「それと、パリに伝手がある」

「あのクイーンホテルの下らないトップを調べさせる」


全員がアランの顔を見ると、アランが胸を張った。

「俺だって、もっと日本で仕事をしたい」

「孝太と、みんなと仕事をしたい」


ミシェルは、ハッと気がついたような顔。

「アランの叔母さんが、有名な政治家」

「彼女に頼むの?」


アランは、目を光らせた。

「クイーンホテルのトップのゴシップを探らせようかな、そういう友達もいる」


そして、孝太を強く見た。

「柿崎孝太が、パンもケーキも焼かないなんて話は、やめてくれ」

「そんな話になったら、世界中のパン職人とケーキ職人が失望する」

「俺は、絶対に認めない」


アランの言葉をミシェルが訳すと、全員が頷いている。

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