第88話深田美紀の問題

父の葬儀を終えて、柿崎パン屋と田中珈琲豆店を再開したけれど、孝太は悩んでいることがあった。

それは、赤坂クイーンホテルから「研修」として受け入れている深田美紀の扱いである。

松田パテシィエ長からは、「一人前になるまで」との条件であるけれど、孝太から見て深田美紀の技術は、まだまだ「見習い程度」、とても一人前とは言い難い。

基本的な技術はマスターしているものの、複雑な工程を要するケーキになると、自信が無いので、凡ミスを繰り返すばかり。

孝太も時折切れそうになるけれど、人手が少ないし、厳しい注意をして、ショックに陥れて、ますます孝太の仕事が増えても、それは面倒なことになる。

「出来れば、赤坂クイーンホテルに帰して、別のパティシエを雇いたい」が本音ではあるけれど、とても本人には言えないし、他のスタッフにも言うことは出来ない。


「要求するレベルが高過ぎるのか」

そう思うけれど、田中珈琲豆店にケーキを食べに来る人は、「パリのコンペ優勝の柿崎孝太のケーキ」と知っていて、食べに来る。

つまり「世界最高レベル」のケーキを食べに来る、と考えると、「半端」なレベルの指示も出せないのである。


「俺はこの技術を身に付けるまで寝食を忘れて努力した」と言いたいけれど、今の時代、それは「パワハラ」とか「セクハラ」にもつながってしまう。

「仕方ない、深田美紀が、普通のパティシエレベルになったら、お返ししよう」

「後任は、自分で探す、赤坂クイーンホテルは辞めた職場、あまり頼りたくない」

「実際に、俺自身に弟子入り申し込んで来た実力のある若手パテシィエもある」


孝太が、そんなことを考えながら、柿崎パン店と田中珈琲豆店の再開後、数日を過ごしていると、祥子と美和が、話があると言う。

祥子

「美紀ちゃんのこと」

美和

「孝太君もわかっているでしょ?」


孝太と祥子、美和は美紀が仕事を終えて、帰ったことを確認して、田中珈琲豆店で話し合い。


孝太は冴えない顔。

「俺、言い過ぎたかな」

祥子は首を横に振る」。

「いや、美紀ちゃんは、もう少し、仕事に注意をしないと」

「ケーキの出来、大きさを含めてムラがあり過ぎ」

美和は深刻な顔。

「美紀ちゃん、泣き虫で、注意すると、すぐに下を向く」

「悪い子ではなくて、熱心ではあるけれど・・・孝太君のケーキを期待して来る人には・・・」

孝太

「もう少し様子を見ようかなとは思っていたけれど」

祥子

「彼女の向上を待つか、新しいパティシエを入れるか」

「あまり待てないな、今の美紀ちゃんの状態では」

美和

「美紀ちゃんには可哀想だけれど、考えたほうがいいかな」

祥子

「孝太君は、パンも焼かないといけないし、今以上に面倒を見切れないでしょ?」

祥子

「私たちも、お客様をがっかりさせたくないの」

孝太は、直接、お客様と接する二人の意見を聞き、再び考え込んでいる。

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