第87話外人墓地にて 柿崎家とヴィヴィアン、アランの先祖の話

翌朝早く、外人墓地に、柿崎パン店と田中珈琲豆店の全員が揃って入って行くと、既に二人の男女が、中にいて、手を振っている。


アランもその二人に手を振る。

ヴィヴィアンが弾んだ声。

「ピエールとシャルロット」

「叔父さんと叔母さん」


孝太は驚いた。

「フランス大使夫妻が、こんな朝早くから?」


ほどなく、全員は大き目で、美しくデザインされた墓の前に立った。

ピエール(フランス大使)は汗をかいている。

「朝から、掃除をしたんだ」

シャルロット(フランス大使夫人)は笑顔。

「孝太君、昨日はお疲れ様、がんばったわね」


孝太が頭を下げると、ピエールが説明を始めた。

「ここに眠るのが、妻シャルロットの一族から出たフィリップ・ルグラン」

「パリのパン職人で、明治の中ごろ、横浜のフランス領事館でパンを焼くために来日、終生、この横浜で暮らした」


シャルロットが、ピエールに続いた。

「孝太君、真奈ちゃん、この墓誌を見てごらん」


孝太と真奈は、墓誌を読み、「えっ!」と声をあげた。

「Hana Kakizakiって・・・」

「もしかして?」


孝太は、懸命に思い出そうとする。

「本当に小さな頃、父さんに聞いたことがあるような」

「柿崎饅頭店からフランス人のパン焼き職人に嫁いだ人がいたとか」


真奈は、途中から思い出したようだ。

「そう言えば、死んだ父さんが、時々墓参りに行っていたよ」

「連れて行ってもらえなかったけれど」

「どうして?って聞いたら、先に孝太兄ちゃんに話をしてからって」


保は、少し知っていたようだ。

「あの明治の当時、柿崎家は有名な饅頭屋だったそうで、外国人の嫁になるって、反対も多かったらしい、はなさんは、それを押し切って嫁いで」


孝太は、はっきり思い出したらしい。

「父さんから聞いたのは、その、はなさんが、柿崎家に残った弟の武を説得して、饅頭屋からパン屋に商売替え」


ピエールが笑顔。

「フランス大使館の資料によると、その武さんは、パリのフィリップの実家で、パン焼き修行をしているんだ、パン屋に商売替えする前だろうね」

「何でも、すごく若い15歳ぐらいでパリに渡航しているね」


真奈はヴィヴィアンとアランの顔を見た。

「だから、父さんが受けついだバゲットの味が、ヴィヴィアンとアランの味と同じなんだ」


アランは涙もろいようだ。

「これは・・・本当に神のお導きだよ、うれしくてたまらない、フィリップとはなさんに感謝する」


ヴィヴィアンも涙ぐんでいる。

「まさか、こんな深い関係があったとは」


孝太は、二人の墓に、再び祈りを捧げた。

そして、全員に笑顔。

ただ、言うことは、いかにも孝太らしい。

「明日から、また営業開始」

「美味しいパンとケーキを焼くこと、それが供養だよ」


真奈が申し訳なそうな顔で、全員に頭を下げた。

「孝太は、どうにもロマンチックが理解できなくて」

「実家の墓参りも歴史も、いい加減でサボってばかり」

「いつも目の前の現実ばかりで」


孝太はキョトンとした顔。

しかし、孝太以外の全員が笑っている。

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