第83話父の死

ケーキイベントが無事終了、パン屋もベルギー、デンマーク、イタリアのパンが加わり、ますます大盛況。

田中珈琲豆店で出しているケーキも、同じように大好評。

そのような順調の気配の中、孝太と真奈にとって、長らくの不安が現実となった。

深夜に、父の入院する病院の看護師から連絡があった。

「柿崎孝太さんですね、お父様の御容態がかなり思わしくなくて」

孝太は、真奈を連れて、父の眠る病院に急いだ。


病院に着くと、看護師が立って待っていた。

孝太

「今は・・・どのような状態で?」

看護師

「はい・・・呼吸がかなり弱まっております」

「日中は、元気でしたけれど」

真奈は、すでに泣いている。


病室に入ると、父は目を閉じて眠っている。

かすかではあるけれど、胸が動くので、まだ生きている。


孝太は声をかけた。

「父さん、苦しいか?」

父は、全く反応がない。


真奈は泣きながら、力ない血の手を握る。

「忙しくて、来られなくてごめんなさい」

「でも、パン屋も復活して、大人気だよ」

「お兄ちゃんのケーキイベントも大成功だった」

「だから・・・まだ・・・逝っちゃだめ」

「家に帰って来て、お願い」


しかし、父の手は動かない。

「あれほど力強くパンをこねていたのに」

そう思うと、孝太も辛くなった。


計器を見ていた看護師が内線で医師を呼んだ。

医師は、すぐに病室に入って来た。

そのまま、計器を確認。

父の脈を見た。


「ご臨終です」


絶望的な宣告がなされた。


医師は、続けた。

「死亡診断書を作成してまいります」

「少々お待ちください」


医師が病室を一旦出て行った後、看護師が孝太と真奈に頭を下げた。

「柿崎さん、本当にお辛いのに、いつもほがらかで」

「私たちのほうが、力づけられて」


孝太は、頷くだけ。

全く涙は出ない。

それよりも、「葬儀の段取りを考えなければならない」「パン屋も少し休業か」

等と、頭がグルグルと回るのみ。

真奈は、父の遺体にすがって泣くばかりになっている。

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