第75話ミシェルの思い

ミシェルは、フランス副大使の父から、「柿崎パン店での仕事」を聞いた。


「パリのパティシエコンペの優勝者の柿崎孝太が横浜でパンを焼いている」

「元々、柿崎孝太の父が有名なパン職人、今は入院中」

「その父の再起が難しいので、柿崎孝太が後を継いだ」

「父の時代以上に、行列が出来て、午前中には売り切れるほどの人気店、味も確かなんだろうね」

「それと、柿崎孝太は働き者で、ケーキも作って隣の田中珈琲豆店で出している」


ミシェルは、父の説明がまどろっこしかった。

「ねえ、父さん、用件は何なの?」

「面白そうな店と思うけれど」


父は、ミシェルの顔を、じっと見た。

「パン屋も珈琲豆店も、あまりにも忙しいので、店員を募集している」

「今度、大使館で扱う広報誌にも、両方の店を紹介する」

「ますます、忙しくなるし、フランス語をわかる人も必要」

「・・・どうかな、ミシェル」

「フランス大使館としても、関係者を手伝わせたい」



ミシェルは、ようやく父の意図が分かって来た。

「その店員の仕事を私に?」

しかし、ミシェルは何も迷わなかった。

「パリのパティシエコンペの優勝者の柿崎孝太の焼くパンとケーキの店」を手伝う、それだけで十分だった。

「絶対、やらせて、柿崎孝太見たいし、一緒に働くなんて、そんな機会滅多にない」


実際に目の前で見た柿崎孝太は、予想以上だった。

仕事の正確さ、早さ、動き方全てが絵になる、見ていてうっとりするほど。

たまに見せる笑顔は、天使のように輝いている。

(その笑顔で、見られると、胸が熱くなってたまらないけれど)

孝太が焼く、どのパンも極上の味。

ケーキに至っては、神業としか思えない、至高の味。

「こんな、とんでもない人と働ける」ミシェルは、父に初めて感謝した。


一緒にレジを打つ真奈も、ずっと話し続けたいほど面白い。

たまに、兄孝太と喧嘩して、「頑固者」とか、ブツクサ言う時の表情ほ、実に可愛い。

「今度、元町と中華街を一緒に」の約束もしっかり取り付けた。


アランは、大使がわざわざ呼び寄せたパン職人。

いかにもパリのパン職人と言った雰囲気。

パワフルで、理屈っぽいところもあるけれど、柿崎孝太に既に心酔、周囲とも調和して、懸命にパンを焼いている。


ヴィヴィアンは、フランス人の頼れるやさしいお姉さん、と言った感じ。

ただ、パンについては完全な職人気質、孝太の信頼も厚い。


田中珈琲豆店で働く美和は、とにかく頭の回転が速く、仕事(接客)も完璧、お手本のような人、ミシェルはとはフランクな話をするけれど、柿崎孝太には、時々熱い目をしているのが気にかかる。


祥子は、ミシェルは大好き。

とにかく、やさしく大らか。何でも相談できる。

柿崎孝太と並んでいると、実にお似合いって感じ。

(目と目で話をしている時は、少し妬けるほど)


田中保さんは、実に素敵。

お洒落でやさしくて、大人の男の雰囲気。

保の淹れる珈琲は、魔法のような美味しさ。


ミシェルは、仕事もかなり忙しいけれど、魅力あふれる人たちと一緒に仕事ができて、実に充実した日々を送っている。

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