第71話各国大使館夫人たちが行列に並び・・・

美和としては、全く想定外の風景だった。

セレブの中でも、特に身分の高い、ヨーロッパの大使夫人が、横浜の住宅地のパン屋の行列に喜々として並び、パンを自らの財布から「日本円」を出して買い、田中珈琲豆店に入って来たのだから。


店主の保が用意した四人掛けの席に着き、パンを美味しそうに食べる姿にも、驚いた。

「これは・・・美味しい」

「食べ飽きないわね」

「コッペパンの甘味が、天国的な美味しさ」

「バゲットは、パリ風ね、でも昔のパリのバゲットの味で私はこのほうが好き」

「そうね、私もそう思う、今風のバゲットは軽くて食べた気がしない」

「クリームパンは御菓子みたい、まろやかで好き」

「・・・私は、このアンパンがいいな、まさに文化の融合って」

話が盛り上がる大使夫人たちに、店主の保が珈琲を注ぎながら、フランス語で話しかける。

「本日はご来店ありがとうございます」

「柿崎孝太を呼びましょうか?」

フランス大使夫人が、笑顔。

「先ほど、パン焼き厨房でお逢いしました」

「懸命に生地をこねていて」

ベルギー大使夫人も続く。

「呼びたいところですが、作業中で、中断させたらパンが不味くなります、それは良くない」

デンマーク大使夫人

「ケーキのイベントを楽しみにしていますって言ったら、笑顔でウィンク、可愛い御方ですね」

イタリア大使夫人

「パンも美味しい、珈琲も美味しいので、これは幸せな時間です、ありがとうございます」

ベルギー大使夫人

「また、来たいわね、行列も楽しい」

デンマーク大使夫人

「そうなの、待っている間にパンの焼ける匂いがプンプンと、それでお腹が減って美味しさが増す」

フランス大使夫人が肩をすくめた。

「孝太さんを、フランス大使館の常勤にしようかと思ったけれど・・・無理ね、これでは」

イタリア大使夫人

「ダメよ、そんなの、独占はよくない」

ベルギー大使夫人

「あれほどの行列、私たちの国のパンを焼いてもらえるということになると」

デンマーク大使夫人

「むしろ、柿崎パン店を応援する立場になりましょうよ」


・・・・・・・


そんな話が続く中、美和は自分の「考え間違い」を明確に自覚した。

「セレブとか、庶民なんて、差別していたのが、馬鹿みたい」

「本当に孝太や真奈ちゃん、みんなに悪かった」


少し下を向く美和の横を孝太が通り過ぎた。

フランス語で、大使夫人たちにご挨拶をしている。

ただし、挨拶は簡単で孝太らしい。

「本日は、ご来店ありがとうございます」

「パリの時のお話をしたいところですが・・・まだ、パン焼きが残っていますので」と、恥ずかしそうな笑顔。


フランス大使夫人の目配せで、各国の大使夫人が立ちあがった。

そして、一人一人、孝太と握手と抱擁。


孝太は笑顔で、パン焼き厨房に戻って行った。

その孝太の背中を、各行大使館夫人の拍手が追いかけている。

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