第63話祥子からのメッセージ 美和の決断

パン焼き厨房を出た美和は、田中珈琲豆店には寄らない。

寄ったところで、大混雑、とても祥子や保と話が出来る状態ではないと理解した。

電車には幸い座れたので、目を閉じて懸命に考える。

「シンガポール行きは2日後に迫っている」

「でも、孝太から離れたくない」

「孝太や祥子、真奈が自分を受け入れてくれるとは思えないけれど」

「・・・シンガポールで、孝太の代わりを探す?」

「無理だ・・・私はそんなに軽い女ではない」


少し笑う孝太の顔が浮かんで来た。

「あの顔が見たいな、毎日でも」

「祥子には負けるかもしれないな」

「孝太は信頼しきっている感じ」

「それに柿崎パン店は大成功」

「ますます、あのパン屋から離れられないよね」


ふと、制服姿であることを思い出した。

「これ、怒られるな」

「支配人秘書の無断外出」

「戻りたくない」

「でも、あのホテルに残ることに、私に何の意味があるの?」

「しかもシンガポールに左遷なのに」


忙しく立ち回る孝太、真奈、ヴィヴィアン、祥子、保の顔が同時に浮かんで来た。

「彼らの中に入って・・・」

「私が出来ることは?」

「経理と・・・接客は得意だ」

「役に立てるのかな・・・もしかすると」

「柿崎パン店と田中珈琲豆店の経理ぐらいは、全然困らないな」


メトロが赤阪に近づいた時に、スマホに祥子からのメッセージが入った。

「パンを買ってくれてありがとう」

「うちにも、美和さん、寄って欲しかった」

「というか、手伝って欲しかった・・・もう身体がバテバテ」

「待っています、お願い」


美和は、うれしくて涙が出て来た。


「わかりました、明日から」


返信すると同時に「支配人秘書」のネームプレートを外している。

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