第57話美和は足を震わせながら柿崎パン店に入った。

美和は柿崎パン店最寄りの駅で降り、歩き始めた。

少し歩くと、柿崎パン店の紙袋を抱えた多くの人とすれ違う。

美和は、ここでも腹が立った。

「何よ、うれしそうに、パンを買ったぐらいで」

「だから程度の低い庶民のままなの」


それでも、外国人が柿崎パン店の紙袋を抱えていると、動揺する。

「どうして?パンの本場の外国人がド田舎のパンを買うの?」

「そうか・・・ヴィヴィアン・・・馬鹿孝太のパンなんて買うわけがない」

「・・・と思うけれど・・・え?コッペパンを食べている!歩きながら・・・」

「マジ?何もつけていないのに?美味しそうな顔で」


美和の目に柿崎パン店が見えて来た。

「え?行列?」

「50人は並んでいる」


美和はここで迷った。

「こんな庶民は押しのけて・・・」


ただ、自分の着ているスーツが気にかかる。


「赤坂クイーンホテルのスーツで、そのまま来てしまった」

「ネームプレートもしっかりついている」

「ここで騒いだら・・・さすがにまずい」

美和は、渋々、行列に並ぶしかなかった。


それでも、行列客やパンを買って帰る客の表情を見て、つぶやきを聞く。

「どうしてそんなにうれしそうな顔?」

「横浜のド田舎はパンが珍しいの?」

「美味しいって何?そんな貧しい暮らしなの?」


美和の目に、柿崎パン店の中が見えて来た。

「真奈がレジか」

「動きは・・・いいかな・・・」

「あの笑顔、可愛い、それは認める」


美和の目に孝太が見えた。

たくさんのパンをパン棚に並べている。

「追加のパンかな」

「うわ・・・しっかり笑顔・・・」

「営業用の笑顔?私には見せないくせに」


孝太は手早く追加のパンを並べ終え、姿を消して行く。

美和は、その姿を見て、強い不安。

「孝太の見納め?」

「孝太を出せと言っても、真奈にまた拒否されるかもしれない」


後ろを振り返ると、長い列が出来ている。

「諦めるしかないかな」

「真奈が孝太を見せるわけがない」

「本当に忙しそうだ、騒動は起こせないし」


また涙が出て来た。

「もう、孝太を見ることができない?」

「悔しいよ・・・」


強い寂しさも感じる。


「もう一度だけでもいい、孝太の顔を見たい」


美和は、足を震わせながら、柿崎パン店に入った。

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