第50話ヴィヴィアンのお願い

ヴィヴィアンが横浜の柿崎パン店に到着したのは、電話から約1時間後。

すこぶるの笑顔で入って来た。

「孝太君、お待たせ」


孝太は、ヴィヴィアン以上に、ヴィヴィアンのバッグに入っている大きなバゲットに注目。

「もしかして、焼いて来たの?」


ヴィヴィアンは笑顔。

「うん、味を見てもらいたい」

「真奈ちゃん、隣の祥子さん、お父様にも」


孝太には断る理由がない。

すぐに隣の珈琲豆店に連絡、珈琲豆店で、試食となった。


試食が始まり、最初に孝太が驚きの声をあげた。

「このバゲット、俺より親父の味に近い」

「外側がパリパリして、塩味が少し強め、でも中はしっとり」


珈琲豆店の店主保は、満面の笑顔。

「これは・・・孝太君の言う通り、親父さんが焼いたって言われれば、信じてしまう・・・実に美味しい」

「毎日でも食べたい味、この店でも使いたい」


真奈も驚きを隠せない。

「孝太兄ちゃんと私だと、どうしても軽くなる」

「小麦?塩?バター?こね方?発酵?どこが違うの?」

「私も悔しいけれど、このバゲットのほうが好き」


祥子は、ヴィヴィアンの顔をじっと見る。

「ところで、ヴィヴィアン、孝太君に具体的な提案があるって・・・」

「この美味しいバゲットに関係があるの?」


ヴィヴィアンは、試食の全員に少し頭を下げ、話し始めた。

「孝太君が、柿崎パン店を再開したい、それは賛成です」

「それから、ケーキイベントに臨時参加も、フランス大使館として、ありがたいと思います」

「でもね、特に孝太君、真奈ちゃん、よく聞いてね」


名指しされた孝太と真奈は、少し身構える


ヴィヴィアンは、続けた。

「伝統ある柿崎パン店の再開、心待ちにしている人も多いんでしょ?」

「そのうえ、世界的なパティシエの孝太君が焼く」

「そうなると、お客はかなり多くなる」

「パンもそれだけ、多く焼かなければならない」


ヴィヴィアンは少し間を置いた。

「孝太君と真奈ちゃんだけでは、絶対に身体が持たない」

「パン焼きは、重い肉体労働なの」


孝太は、その表情を厳しくした。

「それは、あまり考えていなかった」

「実際、店を開いてみないと、わからない部分が多いけれど・・・」



真奈は何を言ったらいいのかわからないので、黙っている。

祥子は、ヴィヴィアンの意図がまだわからないので、ヴィヴィアンの次の発言を待つ。


しかし、珈琲豆店の店主保は、ヴィヴィアンの言葉に賛同した。

「ヴィヴィアンの言う通りと思うよ、柿崎パン店再開に期待する人は、すごく多い」

「そのうえ、焼くのが地元の誇りの孝太君だから」

「私の店でもケーキをお願いしてもいるし」

「私は、特に孝太君の負担が大きくなる、そんな不安は感じていた」


ヴィヴィアンは意を決した顔になった。

「それでね、孝太君、お願い」

「一人のパン焼き職人として、私を孝太君の店で使って欲しい」


孝太は驚き、真奈は困惑。

祥子は、下を向いている。

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