第49話クイーンホテル本部の怒り、美和の異動と降格

タクシーの中で必死に涙顔をなおし、杉浦美和は表情を固くして、赤坂クイーンホテルに入った。

幸い役員専用エレベーターには、誰も乗り込まないのでホッとする。

「それにしても、何の業務指示?」

「急いで戻るほどの?」

「確かに本部は高圧的で、事情も聞かない、情けなどかけてはくれないけれど」


エレベーターは役員専用フロアに着き、美和は足早に歩き、支配人室のドアをノックした。

「杉浦美和です」その声も震えた。


「美和か、入れ」父である杉浦支配人の声が聞こえた。


美和が再び緊張して支配人室に入ると、父は厳しい顔。

「美和、ホテル本部の指示だ」

「一週間後にシンガポールに行ってもらう」

「フロント業務に」

「今の身分からは降格、給与も下がる」


「え?それは?」

美和は足が震え、よろけるほどのショック。

だから、聞き返す。

「何の理由で?突然?」


しかし、父は厳しい顔。

「ホテル本部からの指示、としか言えないが」

「・・・内々に聞いた」


美和は、すがるような目で、父杉浦支配人の次の言葉を待つ。


杉浦支配人の顔が辛そうに変わる。

「孝太君のことだろう」

「美和は、パリでもコンペの後に、孝太君をパーティーに出席させることに失敗」

「ホテル本部に恥をかかせた」

「そして、日本でも、孝太君はホテルを退職」

「ケーキのイベントには協力してくれるが、今回限りに過ぎない」

「ホテル本部としては、優秀な将来ある孝太君を手放したことを憂慮している・・・いや怒っている」

「パリの後は、孝太君を世界中のクィーンホテルに派遣して、イベントを行い、クイーンホテルの評判を高めようと思っていたのだから」


肩を落とす美和に、父が聞く。

「何か、孝太君の気持ちを傷つけるとか、そんなことをしたのかね」

「確かにパン屋の件もあるが、それだけではないような気がする」

「パリの時は、連絡不足を理由に誤魔化したけれど」

「それもホテル本部からすれば、容認できない失態になるが」


美和は、再び顔をおおって泣き出した。

孝太には、確かに酷いことを言った記憶がある。

しかし、美和としては、そこまでの悪意ではなかった。

孝太に対しての叱咤激励と思ったし、孝太がチンケなパン屋など絶対に継がないと信じ込んでいた。

しかし、孝太は美和には従わなかった。

それが、美和にとっては予想外だった。

「庶民の分際で、チンケなパン屋の子供のくせに・・・なぜ、セレブの私に従わない?」

「許せない、あり得ない」

そんな思いにとらわれていた。


その結果。孝太からは厳しい「決別宣言」。

ホテル本部からは、シンガポールへの転勤指示、役員待遇から「庶民でも務まるフロントに」格下げ。


美和は、立っていられなかった。

「ごめんなさい」と言うのが精一杯。

そのままソファに座り込み、号泣となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る