第32話祥子の思い

「えっと・・・」

孝太の顔が赤い。


祥子は孝太の手を、ためらいなく握る。

「私、孝太の気持ちが手に取るようにわかるよ」

「・・・迷っていて・・・少しずつ固まって来て」


孝太は、少し下を向いて話し出す。

「高校生まで、時々親父を手伝って」


祥子

「うん・・・」


孝太は続けた。

「どうしてもパンで親父にかなわなくて」


祥子

「そう?親父さんは嬉しがっていたよ?」


孝太は首を横に振る。

「そんなことない」

「俺は・・・作業のたびに、パンは難しいって」

「そして、パンから逃げるようにケーキの世界に走った」


祥子の手が、少し震える孝太の背中を撫でる。


孝太は声まで震わせる。

「とにかくのめり込んで・・・」

「無我夢中で・・・」

「いろんな賞をもらっても満足できなくて」


祥子の目に涙がにじむ。


孝太

「本場の味を求めて・・・パリまで行った」

「そこでグランプリももらった」

「でも・・・何も満足できなかった」


孝太の肩が、落ちた。

「パンの負け犬が・・・ケーキで褒められたって・・・」

「親父に負けたままで・・・」


祥子は孝太をしっかりと横抱きにする。

「孝太はそんなこと思っていたの?」

「親父さん、そんなこと思ってないよ」

「むしろ、すごく喜んでいたよ」

「俺に出せない味を出して、うれしいって」


孝太は、下を向いたまま、ようやく口を開く。

「祥子・・・ごめん・・・みっともない姿を・・・」


祥子は、少し笑う。

「何を言っているの?」

「お互い・・・何度もあったでしょ?こんなこと」

少し間が開き、声も震えた。

「孝太・・・これから・・・ずっとでもいいよ」


祥子は驚く孝太の手を取り、自分の胸に当てている。

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