第29話父との面会

孝太は、顔を緊張させて、スマホを手に取る。

「はい・・・柿崎孝太です。父に何か?」


看護師は明るい声。

「お父様の意識が、久々にはっきりしています」

「それで、孝太さんと、お話をしたいとのこと」

「申し訳ありませんが、今から来られますか?」


孝太に拒む理由はなかった。

「はい、早速伺います」



病院との連絡を終え、店にいる全員に事情を説明すると、事情を察し、全員が帰った。

それでも、帰り際に

「せっかくだから焼いたパンを持って行ったら?」

「お父様も喜ぶと思うよ」

と言われ、孝太も「まだまだ未熟と叱られるかも」とためらったものの、結局パンの入った袋を持った。


父の病室に入ると、連絡通りに父は目を開けていた。

「孝太か・・・元気そうだな」


孝太は少し安心。

「久々でごめん」

「なかなか忙しくて」


父は笑顔。

「ああ、真奈から聞いている」

「大活躍だな、今度ホテルで大きなイベントを頼まれたとか」


孝太は、返事に悩む。

「パン屋も・・・心配でね」


父は孝太が持って来た袋に目をやる。

「孝太も焼いてみたのか?」

「いい匂いがしている」


孝太は、下を向く。

「まだ、試作品」

「少しでも味を見てもらえたらと」


父は少し笑う。

「それじゃ、試食させてくれ」


孝太が「・・・ああ・・・」とコッペパン、フランスパン、イギリスパンを少し切って父に渡すと。父はその順番で口に入れる。


「・・・うん・・・懐かしい・・・うちのパンの味だ」

「俺のパンとは違うが」

「これはこれで美味い、少し軽いが」

「今の時代には合うかも」


父は不安気な顔をする孝太に、声をかけた。

「俺の味と同じでなくてもいい」

「俺も、俺の親父の味とは違うパンを作った」

「お前の祖父さんよりは、味が濃い」


孝太には父の言う意味が不明

「・・・と言うと?」


父は笑う。

「俺は、しっかりとした重ための濃い味のパンが好きだった」

「それだけさ」

「だから孝太は焼きたいように焼けばいい」


顔を上げた孝太に、今度は厳しめの言葉。

「ただし、結果は自分持ち」


孝太は、その顔を引き締めている。

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