第21話柿崎孝太の目に輝きが

翌日、柿崎孝太が妹真奈の病室に入って行くと、真奈は目覚めていた。


孝太

「どう?気分は」


真奈は笑顔

「うん、もう大丈夫かな、そんな感じ」


孝太

「よかった」

「ノートと帳簿は見たよ」

「ところ・・・でパンを焼いて見ようかと」


真奈は首を横に振る。

「うーん・・・兄ちゃんはケーキのほうがいいよ」

「パン屋は仕事もきついし、儲からない」

「私としては、ケーキ作りに父さんの仕事を何かの参考にして欲しかっただけ」

「父さんも、継いでもらいたいとまでは考えていないはず」


孝太が黙り込むと、真奈は続けた。

「せっかくケーキに才能があるんだから、それを活かしたら?」


孝太は難しい顔。

「でもなあ・・・せっかくの老舗を閉じるのも」

「・・・焼いてみたい、その気持ちも強くて」


真奈は話題を変えた。

「この前、美和お嬢様がご親切にも」


孝太は「事情」を説明する。

「今日も来たいと言ったんだけど」

「店に戻ったら隣の祥子さんも出てきて、黙っていることもできなくて」

「それに加えて、フランス大使館の人まで店に来て、お見舞いをしたいとか」

「さすがに、遠慮してもらった」


真奈は苦笑。

「ありがたいけれど・・・」

「それにしても孝ちゃん、結婚とか恋人って決まっているの?」

「思わせぶりは罪だよ」


孝太も苦笑して首を横に振る。

「とても恋愛の余裕はない、真奈も心配、親父も心配」

「自分の仕事も、霧の中」


孝太の見舞いは、そこまでで終わった。

真奈の病室を出て、「なかなか、俺にはパン屋のイメージはないのかな」などと、考えながら病院を出た。


「さて、これからどこに」と、駿河台の坂を神保町に向かって歩いていると、スマホに田中祥子からコール。

「孝太君、今日は来るの?」


孝太の返事は曖昧なもの。

「うーん・・・決めていないけれど」

「・・・行くかな」


翔子は、元気な声。

「来て欲しいな」

「孝太君のパンも食べてみたい」


孝太は驚いた。

しかし、否定することもない。

「うん・・・迷っていても仕方がない」

「焼くだけ、焼いてみる」


孝太の目に、久々に輝きが戻った瞬間だった。


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