第6話父の見舞い・・・

柿崎孝太の父の見舞いは、短時間だった。

それは父が眠っていたことと、入院している杉並の病院側の面会時間制限が15分だけだったことによる。

病院側の説明では、父が相当弱って来ていること、退院も困難であること、再びパンを焼くなどは到底考えられないとのことだった。


柿崎孝太は、出来れば、こんな話を杉浦美和に聞かせたくなかった。

しかし、杉浦美和はどうしても一緒に聞きたいと言うので、仕方がなかった。


少し顔を下に向けて病院を出る柿崎孝太に杉浦美和が声をかけた。

「いろいろ大変過ぎるよ」

「孝太も悩んで倒れないでね」


柿崎孝太は、しばし無言だったけれど、苦しそうに首を横に振る。

「せめて母さんが生きていれば・・・」

「母さんが3年前に突然死んじゃったからパン焼きの負担が父さんにのしかかった」

「焼くのは父さんだけ、売り子は近所のパートさん2人だけの店になって、かといって客数は減らない」

「それで身体を壊した」

「母さんが死んだ時に・・・真奈は高校一年生で、俺はパリ」

「葬式に帰って来た時に、俺が手伝う、後を継ぐって言ったら」

「親父は、お前はお前の道を究めろ、俺は大丈夫の一点張り」

「けっこうな頑固者でね・・・」


BMに乗り込んでも、柿崎孝太はしばらく放心状態。

ようやく絞り出した言葉は

「申し訳ないけど、美和、今夜は帰って欲しい」

「一人になって考えたい」


杉浦美和は、そんな柿崎孝太に、ますます心配が増す。

しかし、あまりに迫って「重たい、しつこい女」と思われたくない。

「わかった、今はそうする」

杉浦美和は、BMを降り歩き出し、少しして柿崎孝太の視界から消えた。



柿崎孝太がBMをようやく発進できたのは、約10分後。

「これで美和とも終わり」

「自分勝手を続けて来た報いか」

「しかたない、しばらく苦しむとするか・・・その前に飲むか」

そんな苦しい思いの中、アパートに入って、コニャックを一杯一気飲み、ドサッとベッドに横になる。


「う・・・きつかったか・・・」

気持ちの疲れと強いコニャックが瞬時に眠気を誘い、柿崎孝太は眠りの世界に。

約1時間後に、杉浦美和が部屋に入って来たことに、全く気がつかない。

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