第5話妹真奈の病院にて(2)

真奈は、兄孝太の手にほんの僅かな反応を示したものの、目を開けることはなかった。

大西医師が声をかけた。

「今日のところは、それくらいで」

「何より安静が大事なので」


柿崎孝太は、大西医師の言葉を受けて、真奈のから手を離した。

その後は、警察の説明と、病院からの入院のための手続き等の説明を聞くため、別室に移ることになった。


別室では、まず、警察から事故の状況の説明が行われた。

警察側の説明によると、

靖国神社付近を蛇行運転するトラックをパトロール中の警察車両が発見、サイレンを鳴らし、マイクで緊急停止を求めた。

それに驚いた蛇行運転のトラックが、神保町方面に向けて暴走を開始、信号無視も行い、数台の車に衝突後、最終的に神保町古本屋街に突っ込んでしまった。

柿崎孝太の妹真奈は、トラックが突っ込んで来た古本屋に客としていた、

真奈は、そのトラックと直接接触はなかったけれど、トラックの古本屋突入の衝撃で、店頭に積み上げられていた書籍が崩れ、真奈はその下敷きに、書籍に埋もれてしまった。


佐藤警察官は、ここで頭を下げた。

「結果的に妹さんを巻き込んでしまい、誠に申し訳ありません」

「大きな怪我に至らなかっただけが、不幸中の幸い・・・」


柿崎孝太は苛立った表情で、佐藤警察官の言葉を、手で制した。

「不幸中の幸い・・・と言われましても・・・」

「今後は相手側とか相手側の保険会社と交渉になるのでしょうか」

「となると、そういう交渉には不慣れなので、まずは当方の弁護士探しからに」

そこまで言って柿崎孝太が口を結ぶと、杉浦美和が柿崎孝太の脇をつついた。

「ホテルの顧問弁護士に頼もうよ。急いだほうがいい」

「孝太君、それでいい?」


「え?」と驚く孝太には構わず、杉浦美和は、そのまま自分のスマホを操作、「連絡」を始め、その「連絡」への結果も速かった。

杉浦美和はスマホの画面を孝太に提示。

「孝太君、顧問弁護士の栗田先生が30分で来るって」


こうなっては、柿崎孝太も反論できなかった。

「ありがとう、それは助かる」

そして佐藤警察官に、その旨を確認する。


佐藤警察官も、素直に頷く。

「当方も助かります、出来るだけの協力をいたします」

そして安心した顔で、別室を出て行った。


看護師から病院からの入院に関する説明に移った。

柿崎孝太は、様々な書類に説明を受けるままにサインし、看護師に質問した。

「面会は、どのようにしたら」

看護師からの説明は

「なるべく毎日でも、肉親の声かけや手を握る行為で目覚めることが多いので」

「意識が回復すれば、その後はリハビリ、その状況で退院となります」だった。


柿崎孝太が「そうする、そうなるしかないか」と頷いていると、杉浦美和が手配したホテルの栗田顧問弁護士が別室に入って来た。


栗田弁護士はざっくばらんな口調。

「孝太君、早速委任状を・・・後は任せて欲しい」

柿崎孝太は、ここでも素直に応じるしかない。

委任状にサイン後、杉浦美和、栗田弁護士と別室を出た。


栗田弁護士とは病院の入り口で別れたけれど、杉浦美和は当然のように、柿崎孝太のBMに乗り込んで来た。

柿崎孝太は少し落ち着いた顔。

「とにかくありがとう、ホテルまで送る」


しかし、杉浦美和の返事は予想外だった。

「今日はホテルに帰らない」

「孝太と一緒にいたい、孝太の部屋に行きたいなと」


柿崎孝太は戸惑った。

「意味がわからないけれど・・・顧問弁護士は確かにありがたい、でも例のパーティーの件とは別だよ」


杉浦美和は、また予想外のことを言う。

「その前にお父様もお見舞いする」

「それと、孝太の部屋で、どうしてもやりたいことがあるの」

「言い出したら諦めない美和」の言葉に、柿崎孝太は、またしても戸惑っている。

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