第2話支配人室(2)

この「お嬢様」を抑えにかかったのは杉浦支配人。

「美和!やめろ!」

柿崎孝太の前に立ち、守る。


松田パテシィエ長も柿崎孝太の前に立った。

そして「お嬢様の美和」に頭を下げる。

「お嬢様、ここはまだ私たちにお任せください」

「孝太君にも事情がありますので」


しかし、美和はおさまらなかった。

「父さん、どいて!」と杉浦支配人を押しのけ、松田パテシィエ長を突き飛ばし、再び柿崎孝太の前に立った。


「孝太!」

「本当に呆れた意気地なしで、大馬鹿者だね!」

「セレブの仕事を放り出して!」

「パリからのお客様の期待を裏切って!」

「彼女たちがどれだけ楽しみにしていたのか、わかっている?」

「官邸を通じての予約だよ!滅多にないんだよ!」

「国の信頼もホテルの信頼も裏切る?」

「それもチンケな街のパン屋のために?」

「ふざけんじゃないよ!」

「客のレベルが違うの!」

「超一流セレブと、そこらのゴミと・・・どうして判別ができないの?」

「孝太は馬鹿?」


美和の目はつりあがり、厳しく柿崎孝太を睨みつける。

柿崎孝太は一切反論をしない。

ただ、目を伏せて美和の激しさを増す金切り声を聞くのみ。


美和の言葉は続く。

「パリの時だって・・・」

「あのレベルの超高いコンペで優勝して・・・その晩だよね」

「あちこちのお偉いセレブからお呼びがかかっているのに・・・いつのまにかいなくなって」

「私も同じホテルとして同席を求められていたから・・・焦ったわよ、探しても見つからない、スマホも通じない・・・この馬鹿孝太」

「どうして肝心の時に逃げるの?」

「あなたはケーキを作るだけの人?」

「お付き合いとか出世とか名誉に興味が無いの?」

「ほんと・・・私だけ出席して、恥ずかしかったわよ」

「ようやく終わってホテルに戻れば、高いびきで・・・」

「もう・・・情けない・・・スマホの電源は切ってあるし、充電もアウトで」



美和はそこまで言って、父である支配人の顔を見た。

「父さん、孝太と二人きりにしてくれない?」

「暴行はしないから」

「私も・・・馬鹿孝太に残ってもらいたいの」

杉浦支配人は、不安そうな表情を変えない。


柿崎孝太が横を向くと、美和は松田パテシィエ長に少しだけ頭を下げた。

「恥ずかしい所を見せてごめんなさい、つい、気が高ぶって」


松田パテシィエ長は杉浦支配人の顔を見た。

「お嬢様がそうおっしゃられるのなら・・・」


杉浦支配人は、まだ不安そうな顔。

「柿崎君、どうする?」

「今日の所は君に任せる」


その言葉を受けて、美和が柿崎孝太の腕を掴もうとした時だった。


柿崎孝太のスマホが鳴った。

「すみません、こんな時に」とスマホを見た柿崎孝太の顔が途端に青くなった。

そして、他の三人に一礼。

「とにかく失礼します」

「今後のことは、また連絡します!」


柿崎孝太は、小走りに支配人室を出て、今まで見たことのないような速さで駆け出している。

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