20.妖怪たちとの戦い・2
シャクシャクシャクシャク。
段々と近づいてくる、謎の音。
あまりにも耳障りな音であるため、飛田は毛布を体に包んだまま立ち上がり、様子を見に行くことにした。
(……外からですか?)
音の出所は、建物の外らしい。
裏飛田も、すでに眠りについたのだろう。テーブルの部屋はランプが消され、真っ暗になっていた。
テーブルの部屋にある裏口の扉が半開きになっており、そこから微かに外の光が差し込んでいる。月が出ているのだろうか。
シャクシャクシャクシャク。
謎の音も、扉の外から聞こえてくる。
抜き足差し足、扉に近づいて行き、そっと外を覗き見てみた。
(何かいますね……)
そこにいたのは——。
大きく腰を曲げた、人間にしてはやや小さな体躯を持つ者。暗くてよく見えないが、乱れた長い髪に、ギョロリとした2つの目に大きく裂けた口を持つ、妖怪だ。
その者は細い両手で、地面に置かれた桶の中にあるたくさんの小さな粒らしき物を、ワシャワシャとかき混ぜている。
「これは……妖怪【あずきあらい】でしょうか?」
息を殺しながら見ていると、“あずきあらい”はかき混ぜる手の速度を上げていき、シャクシャクシャクというあずき擦れ合う音量もどんどん上がってゆく。
「う……うるさくて耳がおかしくなりそうです……!」
飛田は裏庭を走り、建物の窪みになっている所に逃げ込んだ。そこには扉があったので、夢中で扉を開けて中に入り、バタンと扉を閉めた。
(ここは……トイレのようですね)
うっすらと、小さな窓から射し込む月光のおかげで、部屋の様子が分かった。
ちょうど尿意を催していたので、欠けた小便器に用を足し、錆びた蛇口をひねって手を洗う。
(またあのうるさいのの側を通るんですか……)
恐る恐る扉を開けようとドアノブに触れようとしたが、その前にガチャリとドアノブが回転し、扉が開かれた。
飛田の心臓が跳ね上がる。
「わあっ!?」
「……何だ、お前か」
入ってきたのは、裏飛田だった。
「“あずきあらい”がうるさくてかなわん。もう1人の俺よ、お前もそれで起きてきたのか」
「は……はい」
「気をつけろ。さっき、妖怪【うわん】も見かけた」
「うわん……? あ! そういえば……」
飛田は、裏飛田たちと出会う前に「うわん」と言って驚かせてくる妖怪に会った事を話した。
「“うわん”を追い返す方法がある。奴は、『うわん』と言って驚かせてくるが、逆にこっちも『うわん』と言い返せばいい。そうすれば簡単に撃退できる。出会ったならそうするといい」
「あ、はい……。妖怪にも弱点があるんですね……」
以前もうわんは何故か逃げて行ったが、思い返せば「うわん」と言われた直後に思わず「う……うわん?」とリピートしてしまったためだと、飛田は理解した。
トイレから出た飛田は、あのうるさい音が止んでいることに気付く。“あずきあらい”は、いつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。
そろりそろりとテーブルの部屋の裏口の方へと足を進めていると、今度は腐った柱の後ろで、何やら黒い影が動いている。
飛田は深呼吸し、そっと柱の側を通ろうとした。
すると——。
「うわん!!」
——出た。
以前とは違い、“うわん”が出るかもしれないと聞かされ心の準備が出来ていたので、多少びっくりしたものの冷静さを失わずに済んだ。
で、
「うわん」
飛田は真似して、うわんと言い返してみた。
「……ぎやああああーーーー!!!!」
裏飛田の言う通りだった。妖怪うわんは断末魔のような悲鳴を上げて、頭を抱えながら、村の外まで弾丸のような速さで逃げ去ってしまった。
妖怪にも、少し慣れてきたかもしれない。
少し安心した飛田は、裏口に入ろうと扉に手をかけた。
すると今度は——。
「おぎゃー、おぎゃー」
遠くから、赤ん坊の泣き声が響いてくる。誰かが産み落として行ったのだろうか。
(こんな肌寒い夜に放置されては、命が危険です……!)
声の方へ駆けつけると、濡れた地面に丸裸の赤ん坊が寝転がり、泣き喚いているではないか。
飛田は大急ぎで抱きかかえようと、手を伸ばした。
その時。
「おい、もう1人のミオン様! 触ったらあかんぞ!」
「えっ……!」
思わず手を引っ込め振り向くと、そこにいたのは、裏ラデクだ。
「裏……ラデクくん……?」
「騙されたらあかんぞ。そいつは【子泣き爺】や。赤ん坊のフリをして人間を呼び寄せて、抱っこしたら急に岩のように重たくなってやな、そのまま押しつぶされてまうんや。……まあ見とけ」
裏ラデクは、泣きじゃくる赤ん坊にドスの効いた声で怒鳴りつけた。
「おいゴルァ! 舐めとったらあかんぞ! 次現れたら風穴ブチ空けたるさかいにな」
「おぎゃー……フォフォ、バレては仕方がないのぉ。退散ぢゃ」
赤ん坊はみるみるうちに、袈裟を身につけた頭でっかちな老人の姿となった。
禿げ頭、白い顎髭。地面に落ちそうなほどたるんだ肌に、彼の両目は埋もれている。そんな彼の頭部と胴体は、ほぼ同じ大きさだ。
妖怪・子泣き爺はいそいそと、村の外へと逃げて行った。
「もう妖怪はいいです……寝ます……」
「まあ、そんなに害をなすような妖怪はおらんから、気にせんと寝たらええ」
疲れ果てた飛田は、部屋に戻り毛布に身を包むと、気絶するように眠った。
翌朝。
まるで天界からの聖なる光のような朝の明るさが、部屋を照らしている。
(良かった。ちゃんと朝が来ました……)
この世界では永遠に夜の闇が続くのでは、と思っていた飛田は、ホッと一息ついた。
テーブルの部屋に全員集合し、朝食の干し肉を口にする。
「あの……つかぬことをお聞きしますが、裏ラデクくんと裏サラーさんって、どこか体を悪くされてたりしませんか……?」
一心不乱に干し肉を貪る裏ラデク、裏サラーを見ながら、飛田は質問を投げかけた。
飛田の知るラデクは喘息、サラーは貧血を患っていたので、こちらの世界ではどうなのだろうと思ったのだ。
代わりに裏飛田が答える。
「ラデクはアレルギー性鼻炎、サラーは腰痛。俺の病気に比べりゃ屁みたいなものだ」
「ミオン様、アレルギー性鼻炎かて辛いねんで」
「腰痛も辛いのよ。いつギックリ腰になってもおかしくないんだから。カッコがつかないわ、本当に」
やはり、表の人物とこの世界における裏の人物とは、何らかの関連がありそうだ——。
飛田は水を飲み干し、今度は自分自身の大事な事を話す。
「変な質問をしてしまいすみません。それからあの、私、何でしたっけ……そうです、
「どの世界のカネだ? まあカネのことなら任せておけ。いくらでも貸すぞ」
「いえ、お借りするわけには……」
話を聞こうとしない裏飛田に、飛田はため息を吐く。
もし金銭トラブルを起こしでもしたら、大変なことになるのは火を見るより明らかだ。
「もう1人の俺よ。ならば貸す代わりにお前には俺と一緒に働いてもらう。いい働きをすれば、報酬をお前に分けてやろう。そしてトリトンの力で、元のお前が住む世界に送り返してやろう。それでどうだ?」
断ると、後が怖そうだ。
財布にはお金の他にも貴重品が入っているので放置する訳にはいかないが、今は首を縦に振るしかない。
「は……はい! ではそれでお願いします!」
「ようし。水の精霊トリトン! “ねずみの世界”へ繋げろ」
裏飛田がそう口にすると、紫色の光がテーブルの部屋に現れ、渦巻いた。
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