21.もう1つのねずみの世界


「いまから“”へ行く。付き合え。働いた分の報酬を払ってやる」

「え……ねずみの世界……ですか」


 ねずみの世界——。

 チップたち9匹のねずみの家族が住むコナラの森や、ねずみの医師ハールヤの医院がある都市“Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろ”のある、飛田がよく知る平和な世界。


(一体、何をしに行くのでしょう……? いずれにせよ、知っている世界に行けるのなら少し安心ですね。でも、ナイフや拳銃も持って行くようですね……。危ない事をしないか心配です)


 程なくして紫色の光の中から、カールした青髪の、妖精のような何者かが出現した。

 トリトンという名の彼女は、ミランダと同じくらいの大きさだ。小悪魔のようなギザギザの羽が目立つ。


「やあやあ。行き先は“ねずみの世界”だねぇ? いつでも行けるよ!」


 トリトンが、牙のような八重歯を覗かせながら、しわがれた声でそう言うと、裏飛田うらとびたは無言で紫色の光の中に入って行った。

 その後に、裏ラデク、裏サラーが続く。


「来るなら早くしなさい」

「あ……はい」


 裏サラーに促され、飛田とびたも紫色の光の中へと向かった。



 出た場所は、洞窟のようだ。


(ここは……“ヒミツキチ”でしょうか。私が最初に訪れた、あの洞窟ですね……)


 ここが、ねずみの子供たちの遊び場“ヒミツキチ”だとすれば、チップたち9匹のねずみの家も近いはずだ。

 洞窟の中には、何匹もの巨大なトカゲが這っている。


「ここが、ねずみの住む世界だ。我々はねずみと同じ大きさになっている。再びトリトンの力で帰れば、元の大きさに戻れるから安心しろ、もう1人の俺よ」

「ああ、大丈夫ですよ。私も何度もねずみさんの世界に来ていましたので、知っております」

「いや……、ここはお前の知るねずみの世界とは、きっと違うだろう」

「えっ?」


 ここは、飛田が知る“ねずみの世界”ではない——。

 飛田は、それがどういうことか理解出来なかった。だが周りを見渡せば、そこかしこに動物の骸が転がっていて、どことなく不気味な雰囲気だ。それに、妙に蒸し暑い。


 裏飛田について行くと、途中で『ヒミツキチ』と書かれた看板を発見した。だがその文字は、スプレーのようなもので乱雑に書き殴られている。

 確かに、何かが違う——。


「何をボーッとしてるのよ。これから仕事なんだからシャンとしなさい」

「す、すみません、裏サラーさん。でも仕事って、何をするんですか?」

「裏サラーさんって呼び名、変な感じねえ……。まあいいわ。仕事は、よ」

「取り立て……ですか……?」


 これから何をしに行くのかさっぱり見当がつかぬまま、裏飛田たちについて行く。

 外の光が見えてきた。


(暑いですね……。ここは今、夏みたいですね)


 洞窟を出ると、けたたましい蝉の声が鼓膜を震わせた。

 ムワッとした暑さ。太陽は高い位置にある。今は、真夏の昼下がりのようだ。

 周りを見渡せば、焼け焦げたり枯れたりした木々が目に入った。焦げ臭い匂いが鼻をつく。山火事があったのだろうか。


 裏飛田たちについて行くと、枯れかけた大きなコナラの樹木が見えた。

 幹には小さな窓があり、根元には玄関の扉がある。だが——飛田がよく知る9匹のねずみたちの家とは、樹木の形も扉や窓の場所も微妙に違っている。

 庭に、服を着たねずみの姿があった。


(やはりここは、——という事でしょうか)


 裏飛田が扉の前に歩み寄ると、威圧感のある声を上げた。


「滞納している“エイコン”、払ってもらいに来たぞ」

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