22.取り立て失敗


「貸した“エイコン”、返してもらいに来たぞ」


 そう言った裏飛田とびたが顎で指示を出すと、裏ラデクが「ゴルァ、さっさと出てこんかい」と捲し立てながら、激しく扉をノックした。


 飛田が唖然としながらその様を眺めていると、ノックの合間に。


「いませーん……」


 扉の向こうから、消え入りそうな声が聞こえてきた。

 と、次の瞬間。


「ワレ、舐めとんかゴルァ!!」


 怒鳴り声と同時に、木材の割れる音が、林に響く。

 裏ラデクが、扉を蹴破ったのだ。


「そ、そんな乱暴な……」


 飛田は腰を抜かしながら思わず呟いたが、その声は裏飛田たちに聞こえてはいない。


「俺をおちょくるとはいい根性だ」


 裏ラデクの後ろから、裏飛田がズイと前に出る。

 破壊された扉の向こうには——ブクブクに太っている、ヨレヨレのセーターを着たねずみが、震えながら立っていた。


「か……勘弁してくだしぃ……!」


 そのねずみの男は跪き、頭をぶつける勢いで土下座をする。

 だが裏ラデクと裏サラーは、声を荒げた。


「この世界のカネ、100万“エイコン”を返す約束の日ぃやろがい!」

「まさか、払えないって言う気?」


 とは、この事か——。

 飛田は口を押さえながら、その様子を見ていた。


 “エイコン”は、ねずみの世界における“”である——。

 以前、飛田がねずみの世界を訪れた際、ねずみたちに教えてもらった。それは任意で相手に感謝の気持ちと共に渡す物であり、何かをために支払うものではない。その点が、“お金”とは少し違っている。

 飛田が知る方のねずみの世界は、原則として全てのサービスが無料だった。


 だが、このもう1つのねずみの世界は、そうではないのかもしれない——。

 そもそも裏飛田は何で、ねずみの世界だけに存在する“エイコン”を貸す立場にあるのだろうか。


「その……分割払いでもいいでしょうか……あはは……」

「殺すぞ」


 裏飛田が動き、ホルスターから拳銃を取り出し、太っちょのねずみに向けた。

 だがその時、可愛らしくも威勢のある声が、緊迫した空間を貫いた。


「親父に手ぇ出すんじゃねえ!!」


 見れば、太っちょのねずみの前に、子供のねずみが立ち塞がっていた。

 赤いキャップを被り、ダボダボのパーカーにズボン。鎖のついた小物入れを腰につけている。頬には絆創膏。

 やんちゃそうな顔つきの子ねずみの眼が、裏飛田をキッと睨んでいる。


「おうおう、威勢がいいなぁ、!」


 裏飛田の、鼻で笑う声が聞こえた。


(チップくん……? じゃあ彼が、もう1人のチップくんでしょうか……。それに、名前で呼んでいるということは、裏飛田さんとは以前から知り合っていたのでしょうか……)


「お前なんか、怖くないぞ!!」


 吠えるもう1人のチップ——【裏チップ】の後ろでは、紫色のスカートに、白いリボンを身につけたねずみの女の子の姿があった。


「ケホッ……お兄ちゃん、やめて!」

は大人しく寝てろ!」


 ナナ——チップの妹だ。ということは彼女は【裏ナナ】。体毛に全く艶がなくなっている。病気なのだろうか。


 裏飛田は全く動じることなく、淡々と事情を告げる。


「俺が売った空気清浄機の代金、払えないってんで3ヶ月待ったんだ。その間のカネは貸しだ。利息が増えたんだよ」

「そんな事聞いてないぞ!」

「俺はチップには用はねえ。……親父のねずみを逃すな。ラデク、サラー!」

「サラー、行くでぇ」

「ああ! 覚悟するのよ、とぼけねずみ!」


 恐怖のあまり、腰を抜かす太っちょのねずみ——【裏ねずみの父】。

 さすがに、黙って見ていられなくなった。

 体が勝手に動く。

 飛田は、襲い掛かろうとした裏ラデクと裏サラーに飛び付いた。


「ふごっ?! ……ってお前! 何さらすんじゃ!」

「何で邪魔するのよ!」


 家の中で、ねずみたちが震え上がっているのが見える。裏チップと裏ナナのきょうだいだろう。こちらの世界もこのねずみの家族は、9匹家族なのだろうか。

 ——などと一瞬考えてしまった隙に、背中に鈍い痛みが走る。


「おい、もう1人の俺。邪魔をするな」


 裏飛田の蹴りが、背中に入ったのだ。

 体から力が抜け、飛田はその場にうずくまった。


「し……しかし!」


 痛みに耐えつつ、声を絞り出す。だが飛田の思いは届かず、裏ラデクと裏サラーによる容赦のない暴行が行われ始めた。

 裏ねずみの父は痛みに耐えながら「助けてぇ……」と、掠れた声を上げ、裏チップは「やめろ、この野郎!」と叫びながら裏ラデクにしがみついている。


 その時、大きな声が響いた。


「何やってんだい!!」


 見ればそこには、フライパンを片手に持つ、エプロンをつけたガタイの良いねずみの女性の姿。


「か、母ちゃん!」


 裏チップが飛び退き、目を輝かせる。

 【裏ねずみの母】だ。

 飛田が知っているねずみの母親とは違い、肝っ玉母ちゃんといった雰囲気だ。


「あたしゃ合計2万エイコンってことで聞いてたんだよ! 稼いでこない父ちゃんも悪いが、利子がつくなんて聞いちゃいないよ!」

「……チッ。退くぞ、ラデク、サラー。おい、もう1人の俺よ、仕事だ」


 裏ラデクと裏サラーは、裏ねずみの母の仁王の如き迫力に気圧けおされ、2人して「ひぃっ」と声を上げながら飛び退いた。先程までの2人の怖さが、嘘のようだ。

 裏飛田に呼ばれた飛田はへたり込みながら、裏ねずみの母と裏飛田の顔を交互に見て、間抜けな声を出す。


「へ……仕事……ですか?」

「奴らから100万エイコン、意地でも徴収しろ! 数々の敵を葬ってきた勇者サマのお前なら、このぐらい屁でもねぇはずだ。俺たちは、先に洞窟へ戻っておく」

「え……そんな! そんなのずるいですよ!」


 振り向けばもう、裏飛田たちはいない。


「逃がさないよ! とっ捕まえて警察に突き出してやるんだから!」


 代わりに眼前に迫るのは、燃え盛るような怒りを湛えた裏ねずみの母の姿。


「あ、あの……」

「あんた、アイツらの仲間の新入りだね? 容赦しないよ……!!」

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