18.裏・飛田の事情2
「お……お金とかいいですから! う、裏
「そうか」
裏飛田は、残念そうに札束をしまう。よく見ると、見たことのない絵柄の紙幣ばかりだ。
「それよりも、裏飛田さんは私という存在がいることを知っているような話し方でしたよね……。あなたにとっても、私がもう1人の飛田
「もう1つの世界があることは、【トリトン】に教えてもらった」
「トリトン……? さっきも仰いましたよね。どんな精霊なのですか?」
「トリトンは、小さな水の精霊だ」
水の精霊——。
その言葉を聞いて、飛田はピンと来た。
「やはり、私どもの世界における、ミランダさんのことでしょうね……」
「ミランダ……さっきも言っていたな」
「はい。行ったことがある場所なら、“ワープゲート”でどこへでもワープさせてくれる、風の精霊です」
裏飛田は顔を上げ、興味深そうにジッと飛田の目を見た。彼の目は子供のように澄んでいるように、飛田には感じられた。
「……だとしたら、トリトンにとっちゃあもう1人のトリトンが、そのミランダとやらって奴だ。トリトンも、別世界への“ワープゲート”を出してくれる。そして、それだけじゃねえ」
裏飛田は、いつの間にかテーブルに出してあったウイスキーを、グラスに注ぐ。
「トリトンの“ワープゲート”は、お前らの住む世界にも繋げてくれる。さっき、俺がお前と共に行くこと自体はできるって言ったのは、トリトンがいるお陰だ。俺たちこっちの世界の者は、トリトンの力でお前たちの世界にも行くことができる」
「……なるほど。でしたらミランダさんもトリトンさんと同じく、私たちの世界とここを行き来させる力はあるのでしょうか……と思ったんですが、ここでミランダさんを呼ぼうとしても、呼べないんでした……」
「それは知らん。だがさっき言った通り、俺たちがお前らの世界にいられる時間は限られている」
裏飛田は、ほぼ原液のままグイッとウイスキーを飲み干し、「ふぃー」と溜め息を吐く。酒臭さが、飛田の鼻をついた。
ここまでの話から察すると——。
裏飛田が住む、“もう1つの現実世界”がある。
そして裏ラデクと裏サラーが暮らす、“もう1つの夢の世界グランアース”——今、飛田たちがいる世界——がある。
もう1つの別世界がこうして顕現してしまったのも、魔王ゴディーヴァのせいなのだろうか。
そして“もう1つの魔王軍”も、存在するのだろうか——。
裏飛田は再びパイプを手に取り、高価なライターのフリントホイールを何度もシュッシュッと空回ししながら言う。
「それにしてももう1人の俺が、こんなに頼りねえ体つきの奴だったとはな。もう少し鍛えたらどうだ」
「……筋トレとウォーキングで鍛え直してます、はい……」
裏飛田はライターを着火させ、葉巻に火をつけると、フーッと灰色の煙を吐く。
「……人生、結局は己の欲望が全てだ。どっちにしろ、俺は近々、死ぬ。なら、やりたいことをやって死ぬ」
「ミオン様」
サングラスを外した裏ラデクが気怠そうに立ち上がりながら、“ミオン様”と呼んだ。
飛田と裏飛田、同時に振り向く。
裏ラデクが呼んだのは当然、裏飛田のほうだ。
「何だ?」
「ワイもう寝るで」
「明日はねずみの世界へ行くんでしょ? ボスも、もう休めば?」
裏サラーも立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「ああそうだな。話が終わったら休む」
裏ラデクと裏サラーが部屋から出て行き、扉が完全に閉められるのを待ってから、裏飛田が白煙と共に言葉を発する。
「ラデクはとうに両親を亡くしている。関わるなら、あまりその事に触れてやるな」
「……はあ、分かりました……」
飛田が知る方のラデクには、メルルという母親がいて、ちゃんと生きているのに。
飛田が知る世界と、このもう1つの世界とは、何が一致して何が違っているのか、その法則性が全く読めない。
そういえば、と思い飛田は質問を投げかける。
「あの、こちらの世界のマーカスさんはどちらに……?」
「マーカスは俺が殺した」
裏飛田のその言葉に、飛田は絶句する。
理由を尋ねる前に、裏飛田の口からそれが語られた。
「奴は俺に、魔王を倒せとしつこく懇願してきた。だが俺にはそのつもりはない。俺の欲望の邪魔になったから、殺したまでだ。俺の邪魔をする者は殺す。それが俺のやり方だ」
もう1人の飛田——裏飛田の話を聞いていると、悪い人ではないかと思えたが、そうでもなかった。
場合によっては、彼を止める必要があるかも知れない——。
ともあれ、こちらの世界のメルルとマーカスは、既に亡くなっている。
一方の世界で生きていて一方の世界で死んでいる場合、その該当者は互いに何らかの影響はあるのだろうか。もしそうだとすれば、飛田の知るメルルとマーカスに、何かしらの異変が起きるかもしれない——。
(早いうちに、調べた方が良さそうですね)
ボーッと考えていると、いつの間にか裏飛田が席を離れ、扉の近くに立っていた。
「寝床に案内する」
「あ、はい……」
腐りかけた木製の床の、4畳ほどの部屋に連れられた。
「あの毛布を使え。明日は早い」
裏飛田はそれだけ言うと、バタンと扉を閉めて出て行ってしまった。
明日、早いと言っていた。裏飛田たちに、どこかへ連れて行かれるのだろうか。
(ねずみの世界と言ってましたね。……まさか)
毛布に入る。カビの臭いがする。
木製の天井を見れば、2つの節穴が空いていた。
近くで、ポツポツと水が滴り落ちる音が一定間隔で聞こえてくる。
飛田は妙に落ち着かなかったが、目を瞑って眠りに落ちるのを待った。
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