17.裏・飛田の事情


 飛田とびたに向かい、テーブルの反対側に座ったもう1人の飛田は、葉巻を咥えフーッと煙を吐いてから、話し始めた。


「……ここはお前にとっちゃ、“裏世界”みたいなもんだからな。名前が同じだと色々とややこしい。俺のことは“裏飛田うらとびた”なり“裏優志まさし”なり呼ぶといい」

「裏……飛田さんですか」

「あくまで便宜上だ。俺にとっちゃあ、お前が裏だからな」


 ——ということで今、飛田と一緒にいる者たちの名は、【裏飛田】、【裏ラデク】、【裏サラー】と呼ぶことにする。


「……どこから話すとすっかな。……元々俺は、こことは別の世界で、……まあ言ってしまえば、仕事をして暮らしていた」


 裏飛田と出会った時には暗闇でよく見えなかったが、ランプの灯りに照らされた裏飛田の手の甲には、獅子の刺青が入っている。


「ある日、いつも通り眠ったんだが、気付けば見知らぬ場所……ここ、“”と呼ばれる廃村にいた」

「コハータ村……私の知っているコハータ村とは、全く雰囲気が違ってますね……。私が知っているコハータ村は、小さいですけど人々が明るく楽しく暮らしていて、活気のある村です」

「……ならばここは【裏コハータ村】としよう。……お前も寝て起きたら、ここのは別世界のコハータ村にいた、というわけだな?」

「はい。そこでマーカスというお爺さんに声をかけられ、あなたが勇者ミオン様です、魔王を倒してくださいといきなり頼まれたのです」

、か……」


 視線を逸らし、天井に向け煙を吐く裏飛田。目を細めつつ、軽く舌打ちをする。

 飛田は少し体を強張こわばらせながら、裏飛田の次の言葉を待った。煙が目にしみて嫌だったが、文句を言うと殺されそうだ。


「……俺もそうだよ。こんなボロボロの村に1人で暮らしていた、マーカスという年老いた男にいきなり、こう言われた。『勇者ミオン様、ついに来られましたか。さあ、魔王ゴディーヴァを倒すべく、旅に出てください』……」

「じゃああなたも、魔王ゴディーヴァを……」

「いや」


 裏飛田は首を横に振り、葉巻を灰皿に置いた。


「俺には魔王討伐など、興味がない。持病もあるし、いつ死ぬか分からない体だ。行ったところで、すぐにくたばるのは目に見えてる。変に期待させて裏切るような結果になるなら、選ばれた勇者だろうが何だろうが最初から何もしない方がいい」

「お体……どこが悪いんですか? 聞いてもよろしければ教えてもらえませんか? 今すぐは無理ですが、いいお医者さんを紹介しますんで……」

「肝硬変だ。腎臓もほぼ駄目だ。大学病院にも行ったが、そこの医者にも匙を投げられてる。どうせ魔王に世界を滅ぼされるんなら、やりたい事を存分にやって、みんなで死ねばいいだろう」

「そんな……」


 飛田は何も言えなくなり、下を向いた。ランプに照らされた裏飛田の影が、ユラユラと揺れる。

 

「そこにいるサラーとラデクも俺の考えに共感してくれたから、部下にした。お前も部下にしてやりたいところだが……」


 裏ラデクも裏サラーも、座りながら黙って裏飛田の話を聞いていた。


「裏飛田さん、いいお医者さん紹介しますから、諦めずに病気を治して、一緒に……魔王を倒しに行きましょうよ! 部下でも何にでもなりますから……」

「駄目だ。お前と俺は一緒にいる事はできない」


 飛田は「なぜ……」と言いかけ、口をつぐんだ。裏飛田が一瞬、悲しそうな表情を見せた気がしたからだ。

 裏飛田は再び葉巻に火をつけ、白い煙をため息と共に吐いた。


「俺が、そっちの世界……お前が住む世界に行くこともできるが、長居することはできない。そっち世界で長い時間を過ごすと、俺の存在もお前の存在も、消えて無くなってしまう。現に、何人かが消えていった」

「そうなんですか……」

「だから、だ。俺はお前に頼みたい」


 葉巻を灰皿に置き、姿勢を正した裏飛田は、まっすぐに飛田の方へと向き直った。


「魔王討伐とやらを、俺の分も頑張ってくれないか? カネが必要ならば払う。いくら要る?」

「ええええ!? ちょ、ちょっと……!」


 札束をドンとテーブルに置く裏飛田を見て、飛田は思わず椅子ごと後退あとずさってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る