16.廃村にて


 もう1人の飛田とびた優志まさしは、夜空を見ながら葉巻の煙をフーっと吐いた。


「“”を、よく1人で抜けてこれたな」

「ダイゴの森……? まさか、あの林のことですか……?」


 もう1人の飛田に、以前から行動を見られていたようである。


「妖怪の巣となっている、迷いの森だ。森の向こうにある秘宝、【生命の真珠】を求めて森に入って行った者は多くいるが、帰って来た者はいない。この俺ですら、森に棲む妖怪に殺されかけた」

(“生命の真珠”……? あ! あの巨大なアワビのことでしょうか……?)


 オバケや妖怪の巣となっていた不気味な林の名は、“ダイゴの森”。

 そして森を抜けた所にあった、“生命の水”が湧き出るアワビのようなオブジェの中にあるであろう秘宝——“生命の真珠”。


 飛田は、気付くのである。


、夢の世界“オトヨーク島”……?)


 生命の真珠があるという巨大アワビがあった場所は、向こうが崖でその下には海が広がっている——元々の世界のオトヨーク島における“生命の巨塔”がある場所と同じような光景だった。

 オトヨーク島における生命の巨塔が、もう1つのオトヨーク島における巨大アワビなのだろう。

 だとすれば、目の前にある廃村は——。

 もう1人の飛田の側にいる、金髪サングラスの少年と、ブロンド髪の女性の名前は——。


「あの……あなた方のお名前を聞いてもよろしいですか?」


 飛田は、金髪サングラス少年とブロンド髪の女性に向かい尋ねた。


「ワイに指図するたぁええ度胸しとるのぅ。ワイはや」

よ。命拾いしたわね。あなたがもう1人のボスと知れば、殺すわけにはいかないもの」


 やはり、もう1人のラデクと、サラーだ。

 しかしその容姿と性格は、もう1人の飛田と同様、全く違ったものである。


 もう1人の飛田は葉巻の火を消し、尋ねてきた。

 

「答えろ、もう1人の俺よ。お前はどうやってに来た?」

「そ、それは……」


 飛田は頭を捻りながら、事の顛末を話した。

 帰り道の電車に乗っていたら知らぬ間に見知らぬ駅——“霊叢たまむら駅”に着いてしまったこと。

 そこがもう1つの“オトヨーク島”であり、それと知らずにもう1つの“ダイゴの森”に迷い込み、妖怪たちから逃げおおせてきたこと。

 

から、【トリトン】の力も借りずに来たのか。これも、運命という訳か」

「トリトン……って何ですか?」


 飛田は、首を傾げた。


「ワープゲートを出す、精霊だ」

「もう1人のミランダさん……」

「ミランダ……? もしや、もう1人のトリトンの事か。……ついて来い」


 もう1人の飛田が、手招きする。

 もう1人のラデクが先に廃村へ走って行き、煙突がある煉瓦造りの建物の鍵を開け、中に入って行った。


「早く行くわよ、ほら」

「あ……はい」


 もう1人のサラーに背中を押され、飛田はもう1人の飛田について行く。

 煉瓦造りの建物の中に案内されたが、すぐ近くに地下へと続く真っ暗な階段があった。もう1人の飛田ともう1人のサラーは、カンテラを提げながら地下への階段を下りていく。かなり急な階段なので、足を滑らせぬよう気をつけながら、後をついて行った。



「暖炉に火をつける。すぐに暖かくなるから待ってろ」


 煉瓦造りの地下室だ。ランプの火が揺れ、それに合わせて飛田たちの影も揺れる。

 秘密の場所といった感じだ。だが暖炉の煙が煙突から出ることを考えると、秘密という訳ではないのかもしれない。そもそもこの辺りに、人などは通らなさそうであるが。


 飛田は、もう1人のラデクに尋ねる。


「ここは……やはり“”ですか?」

「せや。よう知っとるやないの。さすがはや」


 こちらの世界の“コハータ村”は、誰も住んでいない棄てられた村だ。もう1人のラデクとサラーも、ここに住んでいるわけではないのだろう。


 飛田はもう1人の飛田から、テーブルの反対側に座るように促された。


「もう1人の俺よ。少し、俺の話を聞いてくれ」

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