12.恐香
「もしもーし……そこの男の方……」
恐る恐る振り向くと、先ほどの赤い着物の女性が微笑みを浮かべながら飛田を見ていた。声の主は彼女で間違いないようだ。
女性の顔や体には、特におかしな所もない。オバケではなく、普通の人間だと思い安心した飛田は、返答を試みる。
「あ、はい……。どうされましたか?」
女性は歩み寄り、相変わらず蚊の鳴くような声で訴えかけてきた。
「道に迷ってしまいました……。1人では心細いので……ご一緒してもよろしいですか……?」
「は……はあ。でも私も迷ってまして……。困りましたね……」
良く見ると、整った顔をした美人女性だ。20代後半ぐらいだろうか。
1人だけで不気味な暗闇の林を彷徨うよりは、一緒に出口を探した方が互いに気持ち的にも楽だろう。
「分かりました。一緒に出口を探しましょうか」
「ありがとうございます……」
歩みを進めると、女性は飛田の少し後ろをついてくる。
「お住まいはこの辺りですか?」
「はい……」
「良かったです。林さえ出られれば、すぐに帰れますね」
「はい……」
「私は近くの“
「はい……」
女性は飛田の顔をじっと見ながら、「はい……」という同じ返事ばかりをする。
話しながら飛田は、女性の足音が全く聞こえないことに気付いた。
「あなたは、なぜこの林に……? ……ん!?」
女性の顔を見た時。
飛田は目にしてしまった。
女性の顔から下、首がにゅーーっと伸びており——。
「う、うわああ……!?」
女性の首から下の体は、先ほど飛田と出会った場所から一歩も動いていないことを——!
「ばああああー!!」
首をにゅーーっと伸ばし、顔だけを飛田の方に向けた女性の口は耳の方まで裂けるように開かれている。両目はいやらしく細められ爛々と光っている。
【口裂けろくろ首】だ——。
「うわあああああ!!」
飛田は声を上げ、その場から逃げ出した。
全速力で走ったが、口裂けろくろ首女は同じ速度で首を伸ばし、顔面だけが追いかけてくる。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ」
不気味な笑い声を発し、首を伸ばしながら頭だけが追いかけてくる。
「ひいいいいー!!」
無我夢中で、分かれ道をいくつ通ったかも分からない。飛田はただひたすらに、走り続けるだけだった。
ここはやっぱり、オバケの森だった——。
目に汗が入り、視界がぼやける。まとわりつくような霊気を感じ、全身がぞわりと粟立たつ。
振り向いてはダメだ。逃げろ、逃げろ、逃げろ——。
気付けば飛田の目には、無数の星が瞬く夜空が映っていた。
林を抜けたようだ。
恐る恐る振り向いたが、口裂けろくろ首女の姿はどこにも無かった。
安堵した飛田が次に目にした物、それは——。
(何ですか、これ……。巨大な……アワビですか?)
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