9.“ピア・チェーレ”の新曲
「あー!
OFFBEATの玄関の扉を開けるや否や、フロアにいた悠木が、弾丸のように飛んでくる。
悠木はぴょこんと飛田の前に立つと、元気そうな笑顔を見せた。
「悠木さん……。ご心配をおかけしました。悠木さんも元気そうで良かったです」
「いーのいーの! 今ね、クリスマスライブに向けて練習してたんだー! 悪い奴を倒す旅も大事だけど、やっぱり好きな事もやらなきゃ!」
「それもそうですね。あれからもう半月経ちましたが……ミランダさんの力で、時々帰って来れるのが救いですよね。好きな事もやりつつ、また一緒に頑張りましょう」
飛田は、ラデクと仲直りし、稲村ともきちんと話が出来たことを悠木に伝えた。
悠木も、“ピア・チェーレ”として今後も飛田たちに全力で協力する気満々だ。
だが——。
「友莉、熱出しちゃったみたい」
「雪白さんが!? もしや、新型ウイルスに……?」
「ううん。普通の風邪みたい」
思えば、ハードな旅だった。体を壊すのも無理もない。
「そうですか……。悠木さんも、無理しないでくださいね。本番は、2人で元気にステージに立てるといいですね」
「うん! 大丈夫、友莉は風邪ひいてもすぐ元気になるから!」
話し込んでいると、ホールにOFFBEATのマスター、
「おお、飛田くん。ずっと連絡が無かったから心配してたぞー」
「すみません、マスター。遅くなりましたが例の依頼、出来ましたよ」
飛田はバッグの中から譜面を取り出し、外園に渡す。
「音源はあるかい」
「はい。ちょっと待っててください」
スマホに保存した音源のデータファイルをタップすると、ホーンセクションのアレンジが効いた、踊り出したくなるような明るいイントロが流れ始めた。
「聴いてみろ、愛ちゃん。君たちの新曲だよ」
「え、聴きたい聴きたい!」
外園に促され、悠木は耳を傾ける。
自然と体が動いてしまっている悠木は、だんだんと笑顔になっていく。
4分半ほどで、曲は終わった。
「ひゃーーっ! 友莉に聴かせたい!!」
興奮する悠木を他所に、外園はタバコをふかしながら言う。
「『We Are Always Together』か。さすがは飛田くん。ポップでキャッチーだし、耳から離れないよ。じゃあこれ、ギャラね」
「ありがとうございます。気に入ってもらえて良かったです……!」
飛田は、タバコの煙にむせながら茶封筒を受け取ると、領収書にサインをする。ペンを滑らせていると、すぐ後ろで悠木が小声で“We Are Always Together”の歌詞を口ずさんでいることに気付く。
「ねえ飛田さん、これ今、歌ってみていい?」
「え? もう覚えたんですか?」
目をキラキラ輝かせながら、こくりと悠木は頷く。
外園は、まるで分かっていたかのようにステージ照明を明滅させ、マイクチェックをしているではないか。
「愛ちゃん、いつでも準備OKだよ」
サムズアップをする外園。
急遽、悠木のステージが始まることとなった——。
「——みんなが幸せ♪ We Love Foever〜♪」
「素晴らしい! いやあ愛ちゃん、上手くなったね」
悠木のステージが終わり、外園が絶賛する。
初めて歌うはずなのに、見事な完成度。歌詞をただなぞるように歌うのではなく、悠木自身の気持ちを込めて歌っているのがしっかりと伝わってくる。音程もリズムも、以前と比べると格段に良くなっている。
悠木は、すごい才能の持ち主だ。
飛田は、思わず「おおーー」と感嘆の声を漏らし、手を打った。
外園特製のミートソースパスタを食べながら、3人で話に花を咲かせる。
「もう悲劇ですよ。こんなに短期間で太るだなんて……」
「言われてみれば、少し顔に肉がついたな。まあでも飛田くんは30代後半だろ? 俺とは違って、まだ取り返しがつくさ」
「私も将来、顔とかお腹にお肉ついちゃうのかなー。やだあー!」
新曲の納品は、大成功に終わった。安心感もあって、パスタの味もいつもより美味しく感じる。
絶品のパスタを味わいながら、取り留めのない話をするこの時間は、飛田にとってちょっとした幸せの時間だった。
時刻は午後5時頃。
悠木は雪白を見舞って帰るらしく、駅前で別れることとなった。
「雪白さんに、お大事にとお伝えください」
「うん! 飛田さんも風邪とかひかないでね! じゃあバイバイー!」
足早に改札を抜け、ホームで帰りの電車を待つ。
ひと仕事を終えた安心感からか、急な眠気が襲ってきた。
(うっかり寝過ごしてしまわないようにしなきゃ……)
聞き慣れた電車到着のアナウンスののち、乗る予定の電車が、これまたいつものように到着する。
車内に入ると、暖房の熱気に包まれる。混雑していたが、降りた客がいたため幸い座席が空いた。
腰を下ろすと、一気に眠気が増して瞼が自ずと下がってきた。やる気のなさそうな車内アナウンスと共に、電車は発車する。
——知らぬ間に、眠ってしまっていたようだ。20分ほど眠っただろうか。
目を覚まし外を見ると、夕闇に包まれた見慣れぬ山の中の光景が過ぎて行くのが、目に入る。
(——あれ? 乗り換えの駅を過ぎてしまいましたか……?)
乗客は、誰もいなくなっていた。
電車は走り続けている。終点が近いのだろうか。飛田は、アナウンスが入るのを待った。
2、3分経った時だろうか。ボソボソという雑音と共に、アナウンスが入る。
『縺雁燕縺ッ豁サ縺ュ……』
飛田は、耳を疑った。
車内アナウンスの声が、まるで洋楽のデスメタルで聴くような、デスヴォイスみたいになっている——。
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