8.やはり親友


 さて、飛田とびたは——。

 自室で昼食を済ませ、スマホでニュースを見ていた。すると、誰かから着信の通知が入る。


(……こんな昼間に誰からでしょう?)


 画面には『稲村いなむら 誠司せいじ』と表示されている。


「……いなちゃん!?」


 飛田ミオンがラデクにパーティーを追放された時、稲村——僧侶リュカは、半端な態度を示した飛田ミオンに呆れ果て、帰ってしまった。

 以来、稲村とは連絡を取っていない。

 また何か言われるんじゃないかと思い、電話に出ようかと迷う。だが無視すると、なお関係が悪くなってしまうに違いない。飛田は意を決して、通話ボタンをタップした。


「もしもし……いなちゃん……?」

『おうー、久しぶりだな優志まさしぃ! 元気か?』


 以前の事など忘れたかのように、楽しげな声で話してくれる稲村だった。


「……あの時はすみません。私が不甲斐ないばかりに……」

『気にすんな気にすんな! お前のことだから、そろそろ立ち直る頃合いかと思って電話かけたんだ。で、あれからどうしたんだ?』


 流石は付き合いの長い親友。気が抜けた飛田は、ラデクと仲直りしたこと、その後に起きたことをざっくり話した。


『まあ、そんな事だろうとは思ったよ。何だかんだでお前は、今まで立ち直って来たもんな。じゃあ俺もまた一緒にパーティーに加えてくれよ』

「ありがとう、いなちゃん……。やっぱり、いなちゃんがいないと心細かったです」


 電話越しに、ガハハという笑い声が聞こえた。

 

『だが世界中で、あの夢の世界の魔物が出始めている。現実と夢が融合してるからなんだっけ? 何が起きてるかはまだよく分かんねえが、そろそろ冒険の続きをしなきゃって意味でも、電話したんだ』

「ですよね。いつまでも休んではいられませんから。また夢の世界“グランアース”へ行かなければいけません」

『もう普通に寝るだけでは、夢の世界に行けねえもんな』

「はい。ミランダさんがいないと行き来できませんからね」


 眠るだけで夢の世界に行けなくなったのも、魔王の力で夢の世界と現実の世界が融合し始めているから。

 このまま融合が進めば、予想だにしない事が次々と起きてくるだろう。


『あ、そういえばあの2人……愛音ちゃんも友莉ちゃんも、無事に帰って普通に学校に通ってるそうだ』

「無事なのは本人からも聞きましたが、本当に良かったです! ……ではまた、出発の時に連絡するってことでいいですか?」

『ああ、待ってる。早いとこ、魔王んとこ乗り込みたいしな! それじゃあな』

「はい! 色々準備ができたら、すぐ連絡します!」


 電話を切ると、再び静寂が訪れた。

 稲村との気まずさが解消されホッとしたはずなのに、怖いほどの静寂が何とも居心地悪い。その感覚を誤魔化すように、スマホのトップニュースに目を通す。


「……あれ、アルスさ……じゃなくて北村修司きたむらしゅうじくん……。宮元文矢みやもとふみやくんも……」


 “ジョーカー&プリンセス”の北村修司も、“埴輪男子はにわだんしの宮元文矢も、まるで何事も無かったかのように、普通にアイドルとしての活動をしていた。

 飛田は思った。北村はアルス王子そっくりなだけで、また宮元もサミュエルにそっくりなだけで、なんじゃないか、と。

 飛田や稲村のように、現実世界と夢の世界を行き来しているわけではないんじゃないか、と——。



 夢の世界に出かける前に、先にやるべき事がある。“OFFBEAT”へ、悠木と雪白のために作った曲を納品しに行くのだ。

 稲村からの着信で、出発時間が遅れてしまっていた。飛田はスマホに曲データが入っていることと、楽譜をバッグに入れたことを確認する。忘れずにマスクを装着すると、玄関の扉を開けた。


 日曜日の午後は、いつもと変わらぬ風景だった。

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