3.秘技・瓢腹呼吸


 飛田ミオンは、白院のテンションになんとかついていきながら、“瓢腹呼吸ひさごばらこきゅう”のやり方を伝授してもらっていた。


「まずは! 鼻から、オア口から3回息吐くー! フッフッハァー!」

「ふっふっ? はー?」

「最初の2回は、短く! 3回目は、口からながぁーく!」

「フッフッ、ハァー!」

「イェース! いい感じだぜベイベ!」


 鼻もしくは口から短く2回フッフッと息を吐き、3回目は口をすぼめて10秒ほどの長さで息を吐いていく。


「長ーく吐いたら、ハイ、吸うー!」


 3回目の息を吐き切ると、反射的に空気が入っていく。

 その感覚に、飛田ミオンはあることに気付く。


「これは……以前教わりました! “丹田呼吸法”!」


 以前、ハールヤから教わった“丹田呼吸法”と同じような感覚だった。

 臍下丹田せいかたんでんを意識して息をゆっくり吐き、また深く息を吸うことで、二酸化炭素を排除し酸素を多く取り込む。それにより酸素を得た血液は、身体中を巡り、細胞に栄養を届け、体は健康に向かうというわけだ。

 瓢腹呼吸も、意識せずとも臍下丹田に力が入り、息を吐き切ると反射的に吸気が入ってくる。


「イェース、丹田呼吸とも言うー! フッフッハァー! ……んんー?」


 段々と、飛田ミオンの顔が赤くなる。まだ慣れていないため、息を吐き切った時に胸に力が入り、呼吸を止める癖がついてしまっていた。

 ハードな筋トレをする時のように、顔の血管がはち切れるような辛い感覚になる。


「ノーノー! ストーップ! 腹圧をかけるとき呼吸を止めちゃダメだぜ! それを【怒責《どせき》】というー! “怒責”はベリーデンジャラス! ストップだぜ!」

「はぁ、はぁ……は、はい!」


 “怒責”——。

 喉を極度に緊張させ息を止めてしまうことで、頭蓋内圧と胸腔内圧が上昇。場合によっては、脳出血や痔の引き金になってしまうという。


「……そういうわけで、息止めちゃダメー! 喉や胸には力入れなーい! 意識するのは……」


 白院は、自身の膨れた下腹を叩く。


「イッツ! 下っ腹!」


 言うと同時に、パーン! と破裂するような心地良い音が、部屋に響いた。

 ビールっ腹とは違い、白院の下腹は堅く引き締まっているようだ。


「……そうでした。……フッフッ、ハァー!」

「イェース! そう! その感じー! ゴーオン!」


 正しいやり方を覚えた飛田ミオンは、改めて“瓢腹呼吸”の修練を続ける。


 手本として実践する、白院が息を吐き切った時の腹部を見ればそれは、まさしく瓢箪ひょうたんのようだった。

 上腹部(鳩尾みぞおち)がくぼみ、下腹部がプクッと膨れている。


「凄いです。見事に下腹に空気が入っていますね」

「臍の下がライクアひさご! イッツ、ライクア篠打しのうちするビフォーの蹴鞠!」

「はい……?」


 飛田ミオンは白院に、わかりやすく説明するようお願いした。


 下腹が良い“氣”に満ちあふれれば、瓢箪のように丸く堅くなる。またそれは、篠打ち前の蹴鞠——使用前の、非常に堅い状態の蹴鞠のようだ。

 上腹部を“きょ”にし、下腹部を“充実”させることが大切だ——。


 白院のハイテンションな説明を分かりやすくすると、以上のような感じだ。


 白院の上腹部は綺麗にくびれ、下腹部はまさに瓢箪の如く大きく膨らんでいる。その状態で、「タッチ!」と言われるまま白院の下腹部に触れてみれば、ピチピチと引き締まっていた。

 ビールっ腹は触るとプルンプルンとしているが、瓢腹はしっかりと引き締まっている。両者の違いは明白だ。

 そして白院は相変わらずのハイテンションで、驚愕の事実を口にする。


「サイキョーになる秘薬、“仙丹”は! 実は誰しも! エブリバディ! 生まれつき、体の中に持っていたんだってことだぜ、オーイエイ!」


 この瓢箪のような“瓢腹”こそが、不老長寿の秘薬、“仙丹”だった——ということらしい。


 飛田ミオンも「フッフッハァー」と繰り返しつつ、白院の真似をしてみるが、なかなか“瓢腹”にはならない。

 しかし白院の熱意ある指導を受けているうちに、飛田ミオンの贅肉だらけの下腹も、篠打ち前の蹴鞠のように、堅く引き締まった状態を保つことが出来るようになってきた。

 上腹部はくびれ、下腹部は堅く膨れる。

 飛田ミオンの腹部に、見事な瓢箪の形が体現された。


「身も心も……スッキリとしてきました。これが、本当の丹田呼吸……」

「ベリーグー! ユー、コツを掴んだね! ……ミーが病気で苦しんでる時、【シラガさん】の山奥に住む【幽斎ゆうさい】先生から、サマザマな健康法をティーチしてもらったのさ! それを応用してミーが思いついたのが、この“瓢腹呼吸法”! 物も食えないほどユーウツだったミーがこんなに元気に若返ったのも、幽斎先生のおかげ! ミオーンも気が向いたら、幽斎先生に会いにレッツゴーするとベリーグー!」


 白院はそれだけ言うと、スキップしながら襖へと向かった。ガラリと襖を開け出ていってしばらく経ってから、「ラデク、サラーもメイメイも! カモン!」という声が聞こえた。

 その後はラデク、サラー、メイメイも共に、瓢腹呼吸法をおよそ1時間ほど、伝授されることとなった。



「すげー、何か体がポカポカする!」

「お腹が空いてるのにー、体がスッキリして動きやすいわー」

「あらぁ、これをやればお肌も綺麗になりそうねぇ」


 ラデクもサラーも、メイメイも、早速“瓢腹呼吸”の効果を実感しているようだった。


「この“瓢腹呼吸法”で治らない病気があるなら! ミーの首を落として、その辺にスロウアウェイしちまってもいいんだぜ、ベイベベイベ!!」

「いや、それはちょっと……」


 飛田ミオンは苦笑いする。

 だが白院は、自信に満ちた表情だ。もしこの方法で治らないなら、今ここで殺されてもいい。そう言えるほど、効能は保証するということだ。

 先程白院が言ったように、物も食えぬほどの病気を瓢腹呼吸法で克服したのなら、飛田ミオンが現在抱える症状など、この方法で簡単に吹き飛んでしまいそうだ。



 “瓢腹呼吸”の講習が終わり、もうお開きかと思いきや——。


「マイ、ハート! 心臓は、体にいくつあると思うかい、ベイビー?」


 相変わらず、唐突に質問をぶつけてくる白院。


「え? 1つじゃないの?」


 ラデクが当たり前のような顔をして答えると、期待通りの答えだったのか白院は思い切り口角を上げ、これ以上ないと思えるようなドヤ顔をしてみせた。


「ノーウ! ヒューマンの体に心臓は、3つ! あるんだぜ!」


 人間には心臓が3つある。

 一体、どういうことだ?

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