4.人間には、心臓が3つある


 人間には、心臓が3つ存在するらしい。

 一体、どういうことだろうか。


「2つ目の心臓は、ココ! イッツ、ふくらはぎ!」


 白院はゆっくりと股引きを捲り上げると、自身のふくらはぎを指差した。

 毛深い彼のふくらはぎは見事に鍛え上げられ、キリリと引き締まっている。


「ふくらはぎ……? そんな所に心臓があるんですか!?」

「いやいや、どう考えても筋肉しかないじゃん」


 首を傾げる飛田ミオンとラデクの反応が期待通りだったのか、白院は嬉しそうにニヤリと笑う。


「ノーノー! ふくらはぎも、イコール心臓! ビコーズ、人間の血液というのは! 動脈と静脈があり! たーっぷりの酸素をインクルードした動脈血はまず全身の細胞セルへ……」


 白院の長い説明が始まったが、時々誤用も含む英語混じりのハイテンションなトークでは、飛田ミオンたちも理解出来ない。


「すみません……もう少し分かりやすく説明お願いします……」

「ワーオ! 興味津々なのはハッピー! なるべーく、噛み砕いてエクスプレーンするぜぃ!」


 説明し直してもらうこと3回。ようやく理解が追いついてきた。


 要するに、息を吸って得た酸素を含んだ血液は、(第1の)心臓から送り出され、動脈血として全身を巡り細胞に酸素と栄養を届ける。その後、二酸化炭素と老廃物を受け取った血液は、静脈血として心臓に返さなければならない。

 その際、ふくらはぎの筋肉をよく使うことで、下肢にある静脈血を押し返すことができる。ふくらはぎが静脈血を押し出すポンプの役割を担うため、“第2の心臓”と呼ぶのである。

 “第2の心臓”を働かせるには、最低でも1日30分程度、軽く息を切らす程度の速さでウォーキングを行うのが良いそうだ。


「ようやく分かったよ……。だから運動するのって大切なんだね。僕、ちょっと疲れてきた」

「子供はお昼寝の時間ねー、ラデクー」


 子供じゃないやいと拗ねるラデクに、旅を始めた頃の懐かしさを少しばかり感じながら、飛田ミオンは白院が淹れたやや苦いお茶を口に含んだ。

 メイメイは話についていけなかったのか、退屈そうに長閑な庭の景色をボーッと眺めている。


「そして3つ目の心臓は……」


 そんな飛田ミオンたちの様子など知ったことないといった感じで、白院は相変わらずのハイテンションな講釈を続けた。


「ヒア! おうかくまく!」


 白院は、自身の上腹部あたりを指差す。

 ピンと来た飛田ミオンは、即座に質問を投げかける。


「横隔膜も、第1の心臓を助ける役割なのですか?」

「イェース! ビコーズ、“瓢腹呼吸”が役に立ーつ!」


 体細胞のために使い古した血液を(第1の)心臓に送り返して、再び新鮮な血液を再生産しなければならない。

 横隔膜もふくらはぎと同じく、しっかりと呼吸をして横隔膜を収縮されることで、静脈血ポンプとしての役割を果たす。

 ちなみに横隔膜は、(第1の)心臓そのものを栄養する“冠動脈”の血流をも豊かにするので、うまく働かせることで心臓の働きを楽にさせることもできる。


「血の巡りは、“3つの心臓”が力を合わせて為されるんだぜー! バット! 2つ目の心臓と3つ目の心臓をサボらせて、1つ目の心臓だけをオーバーワークさせちゃうから! 血の巡りが悪くなり! 血圧がアップし! 大病のコーズとなるんだぜぃ!」


 ふくらはぎ(正確には下半身全体)、横隔膜。

 これらは意識して使わなければ、第1の心臓の負担が大きくなってしまい、細胞の隅々まで血液が回らなくなり、諸々の器官の働きが悪くなる。それが万病の原因になるというのだ。


「運動を習慣にすれば、ふくらはぎも横隔膜も自然と使いますもんね……。瓢腹呼吸もウォーキングも、習慣にします」

「ぐー……ぐー……」

「……ラデクー、寝ちゃったわねー。私もー、ダイエットしてた時みたいにーウォーキングしようかしらー」


 真面目に教わった事を消化する飛田ミオン、コクコクと頭を傾けながら眠りに落ちたラデク、そっとラデクの頭を撫でるサラー——。メイメイはボーッと庭の外を眺めている。

 

「アーンド! 血の巡りはビューティフルな肌を! 作ってくれるんだぜぃ!」

「はっ! 私も毎日運動するわぁ!」


 白院が補足すると、メイメイは目が覚めたように白院の方を向き直り、座りながらマラソンのように腕を振り始めた。


 白院はパンと手を打ち、話をまとめようとする。


「ミーなんかよりもグレイトな名医は! ユーたちの体のインサイドに! 存在するんでデース! 体には、血の他に“氣”が流れているのさ! 血の巡りを良くし、“氣”を整えればベリーグー! “天人合一てんじんごういつ”の境地へ、一歩近づけるんだぜぃ!」


 “氣”。

 謎の老人、叶も同じ事を言っていた。叶は“氣”の力で、手も触れずに大岩を破壊した。

 そのような未知なる力が、自分たちの体の中に存在するというのか。飛田ミオンは興味津々だった。


「白院さん! ぜひ、その“氣”についても教えて頂けませんか?」

「んー、イッツベリーロングストーリー! “氣”の話は、またの機会にー!」

「では、さっきから仰る“天人合一”とは何でしょう……?」

「“天人合一”! ザ・ワールドとヒューマンは一体となる! アーンド……(以下略)」


 “天人合一”とは、森羅万象なる自然と人は一体であるという考え方だ。この考え方が、チャイ大陸における医学の基盤となっている。

 宇宙や大自然をよく観測することで、大自然と人間との間には相互作用があると考えられるようになった。自然界における変化は、人体にも多大な影響を与えるという。

 ここでの意味は、“血”と“氣”の巡りを整えることで、大自然の営みと一体になることを言うらしい。そうすると健康になるばかりか、人が持ち得る潜在能力を全開にすることができ、天才的な能力を発揮できるという。


「強くなるためにも、健康は大事、ということなんですね」

「オーライ! ということで、ミオーン!」


 すっくと立ち上がった白院に、ビシッと指を差される。


「は、はい!」


 白院は、ちゃぶ台の上に置かれている“藁で包まれた何か”を両手で持ち、差し出してきた。

 藁の中身はぷくっと膨れており、両端はそれぞれ紐で結ばれている。すぐにそれが何か分かった。

 ——独特の、鼻につくにおい。


「イッツ! 納豆ー!! お食べなさいっ!」


 両端の紐を解くと、ネチャッと音を立てながら糸を引くそれが姿を見せる。

 心落ち着く畳の匂いが一瞬にして、鼻が曲がるような臭気に侵食される。


「うぐ……。納豆は……苦手です……」


 飛田ミオンは、生まれてから1度も納豆を食べたことはない。

 臭気が酷かったためかラデクは目を覚まし、顔を歪めていた。

 サラーも納豆を初めて見たらしく、悲しげな目で臭気の元を見ながら、鼻を押さえて後退あとずさりしていた。

 メイメイは平然としている。彼女は普段から食べているのだろうか。


「納豆を食べると! 体はフルパワー! ビコーズ……」


 納豆は、良質な植物性蛋白質。

 栄養バランスに優れ、米飯によく合う。

 脂質の酸化を防ぎ、腸内環境を整える。

 血がサラサラになり、皮膚の若々しさを保つ。

 白院いわく、“スーパーフード”らしい。


「あ、混ぜる混ぜーる!」


 白院は割り箸と小鉢をいつの間にか用意し、藁の中の納豆を小皿に入れると、一心不乱にかき混ぜ始めた。


「ちょっと! 臭いよー!」

「こんなのー、食べても平気なのー?」


 露骨に嫌がるラデクとサラーの声を聞きつつも、飛田ミオンは先ほど知った納豆の効果を確かめてみたいとの思いが強くなった。

 臭いと先入観だけで、苦手だと決めつけてしまっていたのだ。実食はしたことがない。


「さあ、ミオーン! レッツ、! 納豆のだけに、なんつってー!」

「……いただいてみます」


 くだらなさすぎる白院のギャグをスルーし、ちゃぶ台に置いてある新しい割り箸を手に取りパキッと割る。

 白院から納豆の入った小鉢を受け取ると、そっと、糸を引く納豆数粒を掬い、口に運んでみる。先行して酷いにおいが鼻をつくが、耐えながら味わってみる。


「あ……美味しいです。匂いからは想像もできませんでした」


 ほんのり、出汁の効いたタレと混ざり合った大豆の味が口の中に広がる。混ぜられたネギの歯触りがよく合い、辛子の味が良いアクセントになっている。


「ほら、ラデクくんもサラーさんも! メイメイさんもいかがですか?」

「えー……ほんとに美味しいの……? あっ! 美味しいじゃん!」

「……あらー。こんなに食べやすかったのねー。何となくー体にも良さそうー」

「あらぁ。いつも食べてる納豆よりぃ、ずーっと高級品だわぁ。いつもいい納豆を取り寄せてたんだけどぅ。これからは白院さんのとこから買おうかしらぁ?」


 飛田ミオンは、納豆を食べられるようになった!



 飛田ミオンたちは白院と別れ、大きな屋敷と日本式の庭園を後にした。

 飛田ミオンは改めて、己を鍛え直し、健康を取り戻し、心身共に真の強さを得ることを決心した。

 

 魔王ゴディーヴァを倒し、平和な世界を取り戻すために。

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