5.久々の帰宅


「ミオン様ァ。お金に困ったらぁ、またいつでも遊びに来てねぇ」

「メイメイさんも、お体にお気をつけて」


 飛田ミオンたちはミランダのワープゲートで“シェイシェイ”へ行き、メイメイを家まで送り届けた。


 ミランダは光を撒き散らしつつ浮遊し、心配そうな目つきで尋ねてくる。


「稲村くんやゴマくんとも話したけど、優志まさしくんのこと心配してたわ」

「そうですね……。私も一旦、家に帰ります。色々と態勢を立て直さなきゃですね。あ! 悠木さんや雪白さんとも話しましたか?」


 雪白はサミュエルについていったきり、どうなったかは知らない。悠木も雪白も未成年。行方不明になったとあれば、連れて行った飛田ミオンの責任が問われる。


「アイネちゃんとユーリちゃんなら、無事よ。家に帰ってるわ」

「雪白さんもですか?」

「うん。ジャングルで2人組の忍者に襲われてて、すぐに家に帰したわ」

「それは危なかったですね……。ん? 忍者……」


 自宅からの出発前、突然襲ってきた2人組の忍者を思い出す。同一人物なのだろうか。何にせよ、危険な存在だ。

 悠木は、考えなしに突っ走る癖がある。雪白は、サミュエルのことになると周りが見えなくなる。今後は、悠木と雪白を連れて行くかどうかはよく考えなければならない——。


「……とにかく今は、帰ることにしましょう。ラデクくんも、サラーさんも、一度村に帰りませんか?」

「そうだね。僕らも帰るよ。母さんに報告したいし」

「そうねー」


 ラデクとサラーも、コハータ村のそれぞれの家に帰ることになり、チャイ大陸での旅は、ここで一旦中断だ。


「じゃあね、ミオン様。また集まる時は、ミランダさんを通して教えてね」

ゴールドと荷物は持ったわねー。ダイエット頑張ってー、ミオン様ー」


 ゴールドは、一旦ラデクたちに預ける事にした。

 持ち物を確認したラデクとサラーは、ワープゲートに消えて行った。

 未知の大陸で色々あったから、彼らも心身ともに疲れただろう。故郷コハータ村で、旅の疲れをゆっくり癒してもらってから、また改めて旅に出れば良い。


 さて、飛田ミオンもアパートの自室へ帰るべく、荷物を確かめてからミランダに行き先を指定する。


「じゃあ、私の部屋へ繋げてください」

「優志くん、だいぶ太ったんじゃない?」

「言わないでください……。ちゃんと痩せますから!」



 ワープゲートをくぐり、無事に飛田とびたの部屋に出た。

 虹色の光が消えた後の飛田の部屋は、世界から切り取られたように怖いほどしんとしていた。

 ひんやりとした11月の空気が、飛田を包み込んだ。



☆★☆★☆★☆★


『この海図を勇者ミオンにやろう。まずはここ、“チャイ大陸”を目指すのはどうだ。“チャイ大陸”にある街“シェイシェイ”には、戦士を鍛えてくれるがいる。彼と出会うといいだろう』


『勇者ミオン、まだ魔王と戦うには早すぎる。焦ってはならぬ。船を手に入れたというのなら、“チャイ大陸”を目指すと良かろう。そこに、修行にうってつけの場所がある。海図を渡しておこう』


 ☆★☆★☆★☆★


 航海の前、“グランキャスター号”の持ち主だったイングズと、かつての勇者マイルスが話していた事を飛田は思い出す。

 戦士を鍛えてくれる達人とは、結局誰だったのか。白院? それとも、叶という名の謎の老人?

 そして修行にうってつけの場所も、まだ分からないままだ。探索したのは、街を目指す過程で通ったジャングルのみ。

 チャイ大陸には、まだまだ未踏の領域が残されている。遠くには、険しい山々が聳え立つ。そのどこかに、修行の地があるのかも知れない。


(よく休んで心身共に快復したら、改めてまた仲間と共に、旅を再開します。今は態勢を立て直しましょう——)



 翻訳に使いっ放しだったスマホを見れば、バッテリーが残り1パーセント。電波が通じ、通知音が立て続けに鳴る。急いで充電器に繋げた。


「ああ……運動しなければ……」


 シャワーを浴びる際、全身鏡を見て愕然とする。顔にもお腹にもたぷんとした贅肉がついている。目の下には大きなたるみ、頬にはハッキリとしたほうれい線。

 あと2ヶ月で39歳。1年も経たぬうちに、一気に老け込んだ気がする。


「……あ、そうです!」


 雪白の無事を確認しなくては。

 飛田は充電中のスマホを手に取り、LINEを開く。ミランダが言うには、彼女は家に帰ったと言うが——。


『心配おかけしてすみません。ミランダさんのワープゲートで私は帰宅しました』


 何日も前に、雪白からこうLINEが入っていた。


(ああ、良かったです)


 悠木からも、飛田を心配する内容のLINEが何度も繰り返し届いている。悠木は、飛田がラデクと和解した事をまだ知らない。

 すぐさま、ラデクたちと和解した事を悠木にLINEすると、ため息をついてからベッドに倒れ込んだ。


 段ボールが貼られた、割れている窓ガラスも何とかしないといけない。冷たい隙間風が吹き込んできて、気になって仕方がない。


 

 飛田は気晴らしに、スーパーへと出かけることにした。

 マフラーを着けて玄関を出たところで、マスクを着けなければいけない世の中だった事を思い出し、慌てて部屋に戻りマスクを用意した。


 久々に財布の中身を確認する。そこにあるのはゴールドではなく、現金。

 ここでは、魔物を倒してお金は稼げないのだ。

 そして現在、飛田には仕事が無い事を思い出してしまう。


 ——いや、仕事はあった。

 ライブハウス“OFFBEAT”のマスター——外園ほかぞのから、悠木と雪白に曲を提供するよう言われていたのだ。

 飛田は自分が作曲家だったことも、忘れてしまうところだった。ちゃんとした作品が書けるか不安だったが、ひと段落ついたら作曲に取り掛かることにした。

 悠木も雪白も、無事だったことだし——。



 飛田は、滞納していた家賃や光熱費を支払い、窓ガラスと食材を買って帰ってきた。


 台所に立つや、取り出したのは買ってきたばかりの納豆。


(白院さん、納豆を食べて健康への第1歩を踏み出します!)


 納豆を器に入れタレをかけると、飛田は箸を片手にひたすら、混ぜる、混ぜる、混ぜる——。

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