20.サミュエルとアルス王子の異変


 猫月ゴマまでも、パーティーから抜けると言い出した。


「ちょ、ちょっとゴマくん! 何で!? 何でそうなるんだよ!」

優志まさしの奴が、“仙丹”飲んぢまったなんて……。アイツまでそんなインチキアイテムに手ェ出すなんてな。前言撤回だ。ラデク、やっぱ優志まさしをクビにしたお前の判断は正しいぜ」


 ぽん、と肩を叩かれる。

 妙に優しいその力加減に、ラデクは寒気がした。


「どいつもこいつも手ェ抜いて強くなろうとしやがって。もう付き合ってらんねえ。ボクはパーティーを抜けて、帰るぜ。じゃあな」


 言い残し、猫月ゴマは1人で漆黒の闇が広がるジャングルへと去って行った。。


 項垂れるラデクに、サラーが声をかける。


「ラデクー、どうしようー。私たちだけじゃあー、どうしようもないわー。サミュエルさんももう行っちゃうみたいだけどー……。とりあえずサミュエルさんについてくー?」

「ううん」


 即答だ。

 ラデクはやはり、ちゃんと謝りたい——。


「じゃあ……やっぱり探しにいくのね?」

「もちろん。勇者ミオン様をね」


 そうは言ったものの、今になって一気に疲れが襲ってきた。

 ひとまず、食堂へ向かう。

 身振り手振りで注文を伝え、チャーハンと八宝菜を食していると、豪華な装飾のある扉の向こう——VIPルームだろうか——から、2人の女性に腕を組まれながら、筋肉隆々の大男が歩み出てきた。


「……うわ。この大陸にはあんな強そうな人がいるんだね」

「もー、美人さんに囲まれてー。私の方が可愛いんだからぁー」


 気のせいだろうか。その大男の顔は、どこか見覚えがあった。

 だが疲れと満腹感と眠気がまさっていたラデクにとっては、今はとにかく早く寝ることの方が大事だった。

 先程のジャングルで倒した魔物たちが落としたゴールドで支払いを済ませたラデクとサラーは、さっさと宿屋へと向かった。


 ♢♢♢


 雪白は、アルス王子と共にサミュエルについて行った。

 先に帰った悠木の事が気になってはいたが、それよりも今は目の前にいる憧れの存在——サミュエルである。

 彼と少しでも近くにいたい、彼の力になりたい。

 

 そう思いながら、暗闇のジャングルを進んでいた時だ。


 雪白は、異変に気付く。

 サミュエルとアルス王子の姿が、薄らいでいるような気がするのだ。

 最初は気のせいかと思われたが、時間が経つにつれ、その違和感は大きくなる。気付けば、彼らの姿は明らかに背景を透過している

 本人たちも、それに気づいたようだ。


「まずいな。こんなに早く……。一旦、に戻ろう。アルス、行くぞ」

「そうだね。このままのは嫌だし」


 雪白は慌てて尋ねる。


「え? ねえ、サミュエル様、どういうこと……?」


 だが彼女の問いかけは無視し、サミュエルは右手を高々と挙げた。


「【トリトン】。ワープゲートを!」


 突如、紫色の光が空中に出現、辺りを怪しく照らし出す。その中から、カールした青髪の妖精が現れた。

 サイズはミランダと同じくらいの20センチメートルほどだが、悪魔のようなギザギザした羽をはためかせ、口元には牙のような八重歯を覗かせている。


「やあやあ。帰るのかい? 【並行世界パラレルワールドへ】


 トリトンが、その小さな体に似合わぬような、しわがれた声で問いかけると、サミュエルはアルス王子の肩をトンと叩いた。


「行くぞ、アルス」

「うん! ……ごめんね、友莉ユーリちゃん。僕たち、急がなきゃなんだ」

「ねえちょっと!」


 声をかけても、サミュエルとアルス王子は振り向いてくれない。

 紫色の光——ワープゲートだろうか——が地面で楕円状に広がると、サミュエルとアルス王子は足早に光の中へ入って行く。


「ねえってば! サミュエル様ー!!」


 紫色のワープゲートは閉じられる——。

 雪白は暗闇に染まるジャングルの只中に、取り残されてしまった。


「ぴの……置いてかれちゃったぴの……」


 バッグの中から、ピノがぴょこっと顔を出す。

 

「ねえピノ! ちょっと、どうなってるの? あの妖精は誰?」

「分からないぴの。それよりもユーリ、サミュエルのことが好きなら、さっさと伝えるべきだったぴのね」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないのよ!」


 このままだと、ジャングルの魔物の餌食になるのも時間の問題だ。

 ——殺気。

 魔物だろうか。いや——人の気配だ。


 音もなく夜の闇から現れていたのは、忍び装束を身につけた2人組だ。


「え、誰よ。あなたたち……」


 雪白を観察するようにじっと見つめながら、じりじりと近づいて来る。

 ひそひそと、彼らの声が聞こえてきた。


「六花……いや、影丸。今は勇者ミオンのパーティーはバラバラのようだ」

「ひ……人質にする……? ジライヤが決めて……?」


 ジャリ、という音と共に彼らは、【鎖鎌】を手に持った。

 背中に冷たい汗が流れ、震えが止まらなくなり、その場にへたり込む雪白。


「ミ……ミランダさん! 助けて!」

「ぴのー! 殺されるぴの!」


 雪白とピノが大声を上げると、彼らは「ひゃっ!」と声を出して草叢くさむらに隠れた。


 雪白たちの声に呼応するように、虹色のワープゲートが現れる。


「友莉ちゃんとピノちゃんだけなの!? とにかく急いで!」


 ミランダに導かれるままに、雪白はピノを抱きながら、虹色の光の中に消えて行った。

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