24.贅の極み


 半月ほどが過ぎた。

 その間、優志ミオンは——。


 毎日、リンリンの家に寝泊まりしていた。来る日も来る日も豪華な料理を食べ、リンリンと二人っきりで日々を送っていた。

 いつしか、魔王討伐の使命も忘れて——。


 ミランダを呼びワープゲートで家に帰ることもなかった。稲村リュカ、悠木に雪白、星猫戦隊の面々とも、長らく連絡を取っていない。話し相手は、ほとんどリンリンだ。

 

 今の優志ミオンは、お腹にも背中にも腕にも太腿にも、たっぷりと贅肉がついていた——。

 


 そして、ある朝のこと。


「【オロチ】出现在广场了! 大家避难!」


 何やら、朝早くから外が騒がしい。

 慌てて外に出てみると、土埃が優志ミオンの顔面に吹きつけてきた。

 見ると、巻き上がる土煙の向こうに巨大な魔物の影がある。地響きを立てながら暴れている。


 後ろからリンリンに肩を掴まれた。


優志ミオン様ァー! その強さで退治するアルー!」

「あ……はい! 久しぶりの戦闘ですが……大丈夫でしょうか……」


 すでに贅肉だらけでボテボテの体型だが、“仙丹”のおかげで筋肉も充分にあるし、無敵の強さを発揮できるだろう——優志ミオンはそう踏んでいた。

 久々に装備——七星剣しちせいけん明光鎧めいこうがい鉤鑲こうじょう——を身につける。


 身体の動きが鈍い。少し不安になりつつも土煙の向こう、巨大な魔物の影の方へと向かう。

 その魔物の姿は、八岐大蛇やまたのおろちそのものだった。8つの竜の口は大きく開かれ、粘っこいよだれが垂れている。

 ——いや、開かれている口は7つだ。

 1つの口には、何かが咥えられている。


 メイメイだ。


「メイメイさん……!」


 メイメイは、オロチの鋭い牙により全身から血を垂らし、気を失ったまま咥えられていた。

 優志ミオンは荷物とゴールドの袋を地面に置き、オロチの方へ駆け出そうとする。


「今、助けます!」


 しかし、思うように動けない。まともに走ることもできないのだ。

 ならば勇者の魔法“フォルテ”だと、優志ミオンはオロチに向け七星剣を構えた。


 だが——。


 途端に、全身の筋肉が溶けるようにハリが失われていき、瞬く間に全てがブヨブヨとした脂肪たっぷりの贅肉と化してしまった。

 七星剣がずしりと重くなり、ふらついてしまう。

 

「な……!?」


 その時、オロチが首のひとつを持ち上げると、首を鞭の如く地面に叩きつけた。


「うわあ!?」


 体が思うように動かず、巻き起こった衝撃により転倒。

 せめて、魔法攻撃を——。

 優志ミオンは倒れたまま、何とか七星剣をオロチに向け、叫んだ。


「“フォルテ”……!」


 剣の先から放たれたのは、情けないぐらいの小さな魔法弾だった。

 それはオロチに届く前に、虚しく消滅してしまった。


「ミオン様、本当はただのオジサンだったアルね。幻滅したアル」


 冷たく言い放たれたリンリンの声が、耳に入る。振り向くと、リンリンはスタスタと去って行ってしまっていた。しかも、メイメイからもらった大金も入っているゴールドの袋も、さりげなく持ち去って行ったではないか。

 ラデクから預かった分のゴールドもあるのに。だが、追いかけようにも、体が動かない。


 まさか、“仙丹”の効力が、切れたのだろうか——。

 後方から、土埃を上げながらオロチが迫ってくる。

 体が動かない。口に咥えられたメイメイも、このままでは無事で済まないだろう。


「グォオオオオン……!」


 大気を震わせる、オロチの咆哮。

 直後、メイメイを咥えた頭以外の7つの口から、眩しいオレンジの輝きを放つ炎が吐き出された。

 迫り来る熱気。

 これまでか——。


 朦朧とする意識。

 脳内に、優志まさしが幼かった頃からの、今までの人生の思い出が再生される。

 走馬灯だ。

 私はもうここで、死ぬのだ——。


「【メガブリザード】ー!」


 突き刺すような冷気が、優志ミオンの意識を目覚めさせた。

 次いで剣戟の音が、失われかけた聴覚を刺激する。


 見ると、吐かれた炎はかき消されており、斬り落とされカチコチに凍ったオロチの首が2つ、地面に転がっていた。


「ミオン様……やっと見つけた」


 声の方へ振り向く。

 ラデクだ。

 彼の隣ではサラーが、キッとした表情で杖を構え、オロチと対峙している。

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