22.ヴィーナス、完全失恋


「飛び出してきたはイイが、どうしたもんか。いっぺん帰ってのんびりするか……」


 猫月ゴマは、ジャングルを1人、あてもなく歩き回っていた。

 手を抜いて強くなろうとする優志まさしたちの姿勢に失望し、パーティーを脱退した猫月ゴマ。彼の実力ならば1人で魔王を倒しに行ってもいいぐらいだが、魔王の島は遥か彼方。辿り着くには多くの人の協力が必要だ。

 猫月ゴマは交渉などが苦手なので、やはり1人で冒険を続けるのは無理だ。


「あーあ。ソールさんたちが懐かしく感じるぜ。あ! そういや、マーキュリーさんを探せって言われてたな。手ぶらじゃ帰りにくいな……。ったく、どこにいるんだ?」


 思い切り伸びをする。茂る木々の間から見える太陽の光が眩しい。


「やっぱり帰るか。猫に戻って、愛美姉ちゃんとこでゆっくりしよう。ユキと、チビたちの様子も見に行ってやるか」


 ゴマは元々、稲村家の飼い猫だ。

 行き詰まった時は、故郷に帰るのが一番。

 そこには姉貴分のメル、じゅじゅがいて、同世代のユキは自身の3匹の子猫を育てている。そして、よく一緒にあちこち冒険した弟分のルナがいる。


 ミランダを呼ぼうとした時だ。

 トン、と誰かに肩を叩かれた。

 気配なんかしなかったのに。誰だ? そう思いつつ振り向くと、そこにいたのは——。

 癒月ゆづき星愛ティアだ。


「……またお前か。いつの間につけてきたんだ」

「私の名前は癒月星愛ティア。お前呼びはやめて」

「ああ、そういえばねずみの街にいる時、誰かにつけられてた気がするんだよ。……星愛ティアっていうのか。まさかあの時からつけてきてたのか?」


 癒月の顔に、汗がひとすじ流れる。


「……バレてたのね。ゴマが1人になる、この時をずっと待ってた。あなたと……その……話がしたかったから!」

「話がしてえんなら普通に話しかけろよ! 気持ち悪りいな!」


 歯を食いしばり、顔を背ける癒月だった。

 だが猫月ゴマはそんな彼女の態度など気にせず、全く関係のない質問をぶつける。


「そうだ、星愛。マーキュリーさん知らねえか?」

「だっ誰よマーキュリーって」

「知らねえか。ならいいや」

「あっちょっと待ちなさい!」


 ミランダを呼ぼうとするも、癒月に腕をガシッと掴まれる。


「何だよ! ボクは帰りてえんだ」

「マーキュリーは知らないけど……ヴィ……ヴィーナスは知ってるわよ!」

「別にヴィーナスさんは求めてねえんだ。帰る」

「うっ……」


 あからさまにショックを受けたような表情を見せる癒月に、猫月ゴマは首を傾げる。


「お前一体何なんだ? ボクと話がしてえっつってたが、聞いてやるからさっさと用件言いやがれ」


 癒月は顔を赤くして目に涙を浮かべていた。

 なかなか用件を言わない癒月に、猫月ゴマはイライラを募らせる。


「……最近、スピカとどうなの?」


 ようやく口を開いたと思えば、低いトーンで放たれた言葉が、これだ。

 何故、奴が、他猫ひとの恋愛事情に口を挟むのか。


「何でそんな事までテメエ知ってんだ? 気持ち悪りいな! ボクは今イラついてんだよ。もうついて来るな!」


 猫月ゴマはもう癒月の方を振り向かず、ジャングルの奥の奥まで逃げるように走った。

 少し開けた場所に着くと、癒月が追ってこないのを確かめてから、ミランダを呼ぶ。


「ボクもう疲れた。ボクらの棲処すみか……愛美姉ちゃんとこに繋げてくれ。あ、ちゃんと猫に戻してくれよ」

「ゴマくん、1人なの!? じゃあ優志まさしくんは1人だけなの? みんなバラバラだけど大丈夫……?」

優志まさしなんてもう知らねえ。早く帰らせてくれ」

「何があったのよ……。と……とりあえず繋げるわね」


 久しぶりに、ゴマたちの棲処——稲村家のガレージに帰ったゴマは、毛布が敷き詰められた段ボールに包まって、深く深く眠った。


 ♡☆♡☆

 

 癒月ゆづき星愛ティア——ヴィーナスの心は、ズタズタだ。

 星猫戦隊コスモレンジャーの仕事をサボって、ずっと大好きなゴマを追いかけて、ようやく2人きりになれたのに。

 正体を隠したまま、2人きりで話がしたかったのに。


 フシミ港からずっと後をつけてきたことがバレ、機嫌の悪いゴマに「気持ち悪い」と言われ。

 じゃあヴィーナスとしての自分をどう思っているのかを聞き出そうとして——。


『何だよ! ボクは帰りてえんだ』

『マーキュリーは知らないけど……ヴィ……ヴィーナスは知ってるわよ!』

『別にヴィーナスさんは求めてねえんだ。帰る』

『うっ……』


 求められていない事がハッキリと分かり。

 ヤケになって、ゴマと交際中のスピカと今どういう状態なのかを聞き出そうとしてしまい……。


『……最近、スピカとどうなの?』

『何でそんな事までテメエ知ってんだ? 気持ち悪りいな! ボクは今イラついてんだよ。もうついて来るな!』


 2度も、気持ち悪いと言われた。

 完全に、嫌われてしまった。ヴィーナスとしての自分も、嫌われているに違いない。


『別にヴィーナスさんは求めてねえんだ』

『気持ち悪りいな!』

『ついて来るな——』


 ゴマから言われた言葉を頭の中でリピートさせながら、癒月はジャングルの中を1人、彷徨う。

 フシミ港の本屋で買った恋占いの本の内容を、血眼で見ながら——。


『カぎょうの名前の人とは、相性が最悪です』


 アぎょうであるヴィーナスでも、ヤぎょうである癒月でも、カぎょうの名前の人とは相性が最悪だった。


 本を握る手に力が入り、気付けばページの端が少し破れていた。

 意味もないのに、何度も読み返す。ジャングルのど真ん中を歩き回りながら。

 ゴマと両想いになる術はあるのか——。

 夢中で読んでいたその時、ハリのある男の声が耳に入る。


「悩んでおるな、若人わこうどよ」


 顔を上げ振り向くと、見覚えのある初老の男性の姿があった。


「あ、あなたは。港で会った……」

「ああ。かなえだ」

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