18.最強(?)勇者ミオン、誕生


『確かに、三十万ゴールドを頂きました。それでは、これをどうぞ』


 湿った夜風が、優志ミオンの頬を撫でた。


 約束の、仙丹が入ったガラスの壺を、商人ブライから手渡される。

 艶のある黒いタネが、街灯のランプを怪しげに反射している。

 念願の品が手に入った喜びを噛み締めていると、ブライはコップ一杯の水を手渡してきた。「今、飲め」とでも言うように。


 飲む、と決めたのだ。飲んで、最強になって、ラデクたちを見返すのだ。

 早速飲もうと、ガラスの壺を逆さにし、仙丹を取り出そうとする優志ミオン

 だがその時。


「ダメ! 本当に嫌な感じがするから!」

「うわっ!」


 突然、眼前に現れたミランダ。

 慄くような顔で制止する彼女を目にした優志ミオンは、一瞬、仙丹を飲むのを躊躇った。——が、脳内に響いてきたのは、ポンタの声。


『早く飲むポン。迷っている間に時間はどんどん過ぎるポンよ』


 ポンタの声は聞いちゃダメだ——理性では分かっていても、強くならなきゃという衝動的な欲求は抑えられない。


「すみません、ミランダさん。やはり弱いままの私は、嫌です!」


 優志ミオンはガラス壺から仙丹を手に出すと、とうとうそれを口に放り込んだ。すかさず、ブライから手渡された水を口に含み、ゴクリと飲み込む。


「ああ、飲んじゃった……」


 口元を覆うミランダ。

 彼女からの忠告を無視し、申し訳ない気持ちにはなった。

 でも、後悔はない。

 さあ、これで本当に最強になるのだろうか——?


「……何も変わらないですね」


 飲んでから、1分ほどが経過した。特に変化は感じない。

 もしや、あの商人に騙され、高いゴールドだけ払わされたのだろうか。

 疑い出したその時だった。


 体が突然、煮えたぎるマグマのように熱くなり始める。

 同時に、脈打つように筋肉が膨れ上がる。


「……うわああ!?」


 目に見えるほどのスピードで、優志ミオンの体型が変わっていく。

 ガリガリの体型だった優志ミオンは、1分も経たぬうちに、筋肉隆々、プロの格闘家並みの逞しい体型となった。


「おお、こ……これは! 凄いです!」


 鎧を脱ぎ、自身の体に触れ、確かめる。

 盛り上がる上腕二頭筋。はち切れんばかりの胸筋。見事に6パックに割れた腹筋。ガッシリと硬く引き締まった大腿筋、腓腹ひふく筋。

 怠さも痛みも肩こりもきれいさっぱり無くなり、心にすら若さが戻ってくる。


「……これなら!」


 優志ミオンは鎧を再び身につけると夢中で、闇に沈むジャングルへと向かった。


「まるで別人みたい……何か怖い……。優志くん! ほんと、何かあったらすぐに言ってね!」


 後ろからミランダの声がしたが、優志ミオンは見向きもせず、街の入り口へと駆けて行った。



 暗闇のジャングルには、昼間よりも多くの魔物たちがうごめいていた。

 鬼の群れ、アグニ、アスラ。そして金と銀の球状の魔物。


「……っしゃあ!!」


 気合いの掛け声の共に、優志ミオン七星剣しちせいけんを、思い切り良く地面に突き立てた。


 すると、魔獣の咆哮の如き轟音が巻き起こり、剣を中心に高熱の衝撃波が発生。

 かつて優志ミオンを苦戦させた、鬼の群れ、アグニ、アスラ。金と銀の球状の魔物たちは、瞬時にして灰燼に帰した。


 優志ミオン自身も高熱の爆風に曝されたが、こちらは痛くも痒くもなく、びくともしない。


「……おお、素晴らしいです! これなら、ラデクくんを見返せます!」


 魔神の如き超絶攻撃力で、魔物たちを次々と灰にしていく優志ミオン。あれほど苦戦したジャングルの魔物たちは、もはやストレス解消の対象だ。

 小一時間、優志ミオンの無双が続いた。魔物たちの悲鳴と断末魔が響く。勢い余って、ジャングルの一部に炎が上がり、山火事のようになる。


「いけない、火を消さなきゃですね……! あれ? 使える魔法が増えているようです」


 優志ミオンは燃え盛る椰子の木々に向かい、剣を構えた。


「【テンペスト】」


 技名を唱えると、瞬く間に雲がジャングルの上空に集まっていき、まるで水族館をひっくり返したかのような大雨が降り注いだ。

 凄まじい暴風と共に打ちつける大雨が、燃え盛る炎を掻き消していく。

 

 火が消えると、暴風雨はピタリと止み、雲は晴れていった。

 赤い満月が、ジャングルを照らす。

 魔物たちの姿は、もうどこにも無かった。


 街に戻ろうとしたその時。

 人々のどよめきが耳に入る。街の人たちが、何事かと様子を見に来たようだ。


(あ……まずいです。ちょっとやり過ぎましたか……)


 恐る恐る顔を上げると、人々は歓声を上げると共に拍手をした。中国語に混じって“ミオン”との声が聞こえる。

 どうやら、喜ばれているようだ。

 街の周りにいる魔物が一掃されたからだろうか。


 優志ミオンは再びファンファンへと戻ったが、街道の左右に人が集まり、手拍子と共に「ミオン、ミオン」との掛け声を響かせていた。


(……ここまで注目されるとは。いやあ、なかなかにいい気分です。ふう、それにしても、お腹が空きました)


 優志ミオンは再び、かの美人女性たちがいる食堂へと向かった。


 入ると、以前と同じ女性2人が優志ミオンに気付く。

 優志ミオンは兜と鎧を脱ぎ、自慢の筋肉を見せつけながらニッと笑ってみた。

 すると女性2人は何やら驚くような声を上げた後、目をキラキラさせて両手を組む。

 彼女たちが何か言ったので、すかさずスマートフォンを取り出し翻訳。

 

『強い男、ミオン、素敵』


 画面を見て優志ミオンは顔を赤くしていると、女性の1人に手を引かれる。

 優志ミオンは、ソファのある少し豪華な席へと案内された。



 席に着くや否や、女性2人から名刺のようなものを差し出はれた。

 何て書いてあるかは分からないので、例によって翻訳機能を使う。カメラで名刺の写真を撮り、翻訳アプリに入力。

 その結果、彼女たちの名前は【メイメイ】と、【リンリン】だということが判明した。


 背が高い美人の方がメイメイ、童顔巨乳の方はリンリンのようだ。


 そうこうしている間に、以前と同じ絶品チャーハンが運ばれてきた。

 以前と同じように、メイメイとリンリンに挟まれながら、食事をすることとなる。


 レンゲを取ろうとすると、先にリンリンがするりとレンゲを掴んだ。

 そしてチャーハンを掬うと、「アーン」と言いながら優志ミオンの口元に運ぶ。


「え、こうですか? あーん……」


 美女に“あーん”してもらい、思わず顔が熱くなる優志ミオン

 と、今度は優志ミオンの左頬に、ハンカチを当てられた。

 メイメイも負けじと、優志ミオンの頬についたご飯粒を拭ったのだ。そしてメイメイはレンゲをリンリンからぶん取ると、今度はメイメイがチャーハンを掬って優志ミオンの口元へと運ぶ。

 結局優志ミオンは最後の一口まで、彼女たちに“あーん”されながらチャーハンを食したのだった。


 食後、今度は彼女たちに地図を見せられる。口々に何か言うので、すかさず翻訳。


『私の家に、遊びに来てください』

『いいえ、私の家に、来てください』


 隣街【シェイシェイ】に、メイメイとリンリンの家があるという。

 メイメイとリンリンとで、優志ミオンの取り合いが始まってしまった。

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