17.商人ブライと仙丹


 優志ミオンは、中国語の翻訳を駆使し、“仙丹”に関しての情報を聞き取っていた。

 しかし不審に思われたり、嫌な顔をされて暴言とも思えるような言葉を吐きかけられることも多々。

 翻訳してみると『変な人だ、離れよう』、『阿呆、狂人』など。


 なかなかの精神的なズタボロ具合になりながらも、聞き取りをすること小一時間。

 ある婦人の答えを翻訳し、スマートフォンの画面を見た時。


『センタンは、時々、露天商が売りにきます』


 ——と表示されたではないか。

 優志ミオンは画面を二度見した後、『そのの露天商はどこにいつ来まふか。どゆな姿をひていまするか』と、誤字だらけのまま入力。

 近年のスマートフォンは優秀だ。きちんと翻訳され、婦人には通じたようで——。


『昼過ぎ、街道の入り口、ターバンに黒色の肌』


 婦人の答えが翻訳され、こう表示された。

 情報としては充分だろう。


謝謝シェシェ


 優志ミオンは中国語でのお礼の言葉は知っていたので直接伝えると、婦人はにこやかな笑顔を見せて去って行った。



 昼過ぎ。婦人に教えられた時間が来た。

 優志ミオンは、街道の入り口に立ち、ターバンの男が現れるのを待つ。


 ——来た。


 ボロボロにほころびた茶色いターバン、黒色人種なのか濃い茶色の肌の男性が、荷物を背負い歩いてくる。黒か長い髭を蓄えた、50代ほどの細身の男だ。ゴボウのように細い足で、えっちらおっちらと歩いて来る。

 教えられた通りだ。


 男は荷物を置くとシートを地面に広げ、商売を始める支度をする。

 その様子を観察していると、男は小さく透明な壺をシートの前方に置いた。

 ガラス製であろう壺の中には、黒くて豆粒大のタネのような物が1粒だけ入っているのが見える。

 男は壺の近くに、漢字で『仙丹』と書かれた板を設置した。あれだ。間違いない。


『この仙丹の値段を教えて下さい』


 優志ミオンはスマートフォンに入力し、翻訳された文字を見せながら男の元へと駆け寄った。

 すると男は、欠けた前歯を見せながら胡散臭いほどの笑顔で優志ミオンの方を向き、やはり中国語で何か答える。

 もちろん、その場で翻訳。


『こんにちは。私の名は【ブライ】です。このセンタンは飲むと最強の力が手に入ります。1個限定品。三十万ゴールドです』


 300,000ゴールド

 高額だった。たった1粒なのに。


(全然、ゴールドが足りません……)


 ラデクが置いて行ったゴールドと合わせても、120,000ゴールド足らずだ。

 優志ミオンは一旦諦め、申し訳なさそうなそぶりを見せ、そそくさと立ち去った。



(少し休んだら、魔物を倒しに行きましょう。ゴールドをたくさん落とす魔物、いないでしょうか……)


 ベンチで考えていたその時、突然虹色の光が目の前に現れる。

 思わず目を瞑る。そっと目を開けてみると——そこにいたのは、ミランダだ。


「ミランダさん!? どうかなさいましたか……?」

優志まさしくん、あれを飲んじゃダメ。何か、とても嫌な感じがするの」

「あれって、仙丹の事ですか?」

「うん。何か邪悪な力を感じるのよ……それがどんなものか、よくは分からないけど……」


 優志ミオンは迷った。


 飲むと最強になれる——。

 ラデクくんを見返せる——。

 食堂の女性たちを振り向かせられる——。

 魔王軍にも立ち向かえる——。


 それよりも、こうしている間に魔王ゴディーヴァは夢の世界と現実世界の統合を進めていく。すでに現実世界にも魔物が現れている。

 もたもたしている時間は無いのだ。

 

 目の前に、強くなれるアイテムがあるなら、それを使うべき時だ——。


「……とりあえず、武器屋さんで装備を見てきますので、もし新しいのを買ったら、またミランダさんに預けてもいいですか?」

「うん、いいけど……」


 ミランダに待機してもらい、優志ミオンは近くにある武器屋で、店主に勧められるままに新しい装備を調達した。

 剣は——【七星剣しちせいけん】。

 鎧と兜は——【明光鎧めいこうがい】。

 盾は——【鉤鑲こうじょう】。弓形のフックがある小さな盾で、敵の牽制にも使えるようだ。


 新しいタイプの装備には、すぐには慣れないだろう。でも、店主が言うにはこの辺りの魔物と対峙するのに最適だという。


 脱いだ装備をミランダに預け、ワープゲートでまたアパートの自室に置いてもらう。


「まだ確信はできないけど……何なの、この嫌な感じ……! ねえ優志まさしくん、“仙丹”だっけ? あれを飲むのはやめておいて、本当!」


 そう釘を刺すと、ミランダは光の中に消えて行った。

 しかし、近くの魔物を倒してゴールドを稼ぎ“仙丹”を買うという、優志ミオンの意志は固かった——。

 かなえに言われていた、“白院びゃくいん”という名の和尚を探すことも、優志ミオンの頭からはもうすっかり抜け落ちてしまっていた。



 街を出て、再びジャングルに足を踏み入れた。

 仲間がいない今、1人でジャングルの魔物に立ち向かう。


 襲ってきたのは、先程のウツボカズラやコングたちではなかった。

 背は低いが筋肉隆々、鉄棒を振り回し襲いかかる赤鬼、青鬼、黄鬼。

 さらに、炎を纏った体に2つの顔を持つ人型の魔物。神話か何かで見たことがある——【アグニ】だろうか。

 また、6本の腕をもつ人型の魔物も——こちらはすぐに分かった。【アスラ】だ。

 はらに、銀色にピカピカ光る玉、金色にチカチカ光る玉のような魔物もたまに遭遇する。ドッジボール大で、すばしっこい。よく逃げられるが、剣を上手く当てると砕けたり、大量のゴールドを落としていく。


 2時間ほど経った頃だろうか。ジャングルは夕闇に沈み始めていた。

 優志ミオンは何度も大ダメージを受け、敵を倒せずに逃走してしまうことも多々。いつのまにかパワーアップした自身の回復魔法【メガヒール】を使いつつ、どうにか戦闘を継続した。仲間がいた時のありがたみを、文字通り痛いほど思い知ったのだ。

 

 死に物狂いでどうにか300,000G近くを稼ぎ、“ファンファン”へと戻ってきた。

 優志ミオンは擦り傷、打撲傷、火傷だらけだった。剣は刃こぼれし、防具も傷だらけである。

 

 己の実力不足を、優志ミオンは改めて思い知らされたのだった。

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