16.ラデク、思い知る


 ここは、“チャイ大陸”で1番の繁華街【ハオハオ】。


 優志ミオンを追放したラデクは、サミュエルを追い、ここ“ハオハオ”に辿り着いた。

 サラー、雪白、アルス王子もついてきているが、各々好き勝手な理由で来ているに過ぎず、“サミュエルが率いるパーティー”だとはとても言えない。

 それでもラデクは、サミュエルをパーティーリーダーと見做し、統率してもらおうと考えていた。

 しかしサミュエルは、全くそのつもりが無いらしい。


「仲間と力を合わせねば敵に勝てぬ……情けないことだ」


 独り言ちて、人混みの中に向かうサミュエル。雪白とアルス王子は慌てて追いかけて行く。ラデクなど眼中に無いようだ。


「あーもう! みんな何で好き勝手に動くんだよ! サラー、追うよ!」

「ラデクったらー、少しは落ち着きなさいー」


 雑踏に紛れるサミュエルたちを追おうとした、その時。

 聞き覚えのある、猫の鳴き声が耳に入った。


「ンニャアー!! いた! ラデクてめえ!」


 猫月ゴマだ。

 何故だか、めちゃくちゃキレている。

 怒りの矛先が自分に向けられている理由が分からぬまま、ラデクは猫月ゴマに飛びかかられる。

 人間の姿の猫月ゴマは身長185センチメートルほど。防ぐ術もなく、ラデクは地面に押さえつけられた。


「ラデクー!」


 サラーが心配そうな顔をするが、ブチギレモードの猫月ゴマには手を出せない。


「ゴマくん……!? な、何だよもう!」

「ラデク、テメエ優志まさしを、弱いからって追放したそうだな。ったく、何してやがんだ! 優志まさしはそんなに弱くねえ!」

「……何だよ。君に何が分かるのさ! 何も知らないくせに勝手な事言うな!」

「んだとコラ」


 地面に倒れたままの状態で、猫月ゴマに顎を掴まれる。そのまま顔を押さえつけられたラデクは、痛みと息苦しさに顔を歪めた。

 だがラデクは負けじと反撃。「ふん!」と息を吐くと同時に、猫月ゴマの腹部を思い切り蹴り上げた。


「うげ!?」


 不意打ちに思わずよろめく猫月ゴマ

 その隙にラデクは体を転がし態勢を立て直すと、【鋼の剣】と【鋼の盾】を構えた。


「やめてー、2人ともー! ダメー!」


 サラーは止めるが、猫月ゴマは腹部の痛みに歯を食いしばりながら拳を握り締めラデクをギロリと睨むと、「シャー!!」と声を上げながらラデク目掛けて突進。

 さすがに生身に対して剣を使うわけにはいかない。盾を構えて防御しようとするが——。

 

「やりやがったな。思い知りやがれ、クソガキ!」

「くっ……」


 大きな体の猫月ゴマに、盾ごと蹴飛ばされてしまった。

 骨が折れそうになるほどの衝撃。

 体4つ分ほど後方に転がり街道に投げ出されると、案内板のある柱に体を打ちつけた。

 地面に投げ出され、体中に激痛が走る。

 腕を動かそうとすると、激しく痛む。今度は反撃できそうにない。

 意図せずとも、涙が滲み出てくる。


「うう、くそっ……」

「この程度で音を上げるんだな。テメエ、優志まさしのこと言えねえじゃねえか。もっと強くなってから文句言え、ラデク」


 気付けば、人だかりになっていた。痛みが少し引き、顔を上げる。

 人混みに紛れて、サミュエルが立っていた。じっと見られている——。


 猫月ゴマが完勝したことで、歓声と拍手が起きる。猫月ゴマは不機嫌そうに舌打ちをすると、気まずそうに人混みを避けて走り去って行ってしまった。


 聞いたこともない言語で人々は何かを言っていたが、時間が経つにつれ、人は次第に散り散りになっていく。


 サミュエルの声が、ぼそりと聞こえた。


「無様だな、少年」


 ラデクは、思わず俯く。

 僕、ミオン様のことを言えない。これがミオン様の味わった気持ちか——。そんな気持ちの時に、僕は何て事を言ってしまったんだ——。

 何も言えずに下を向いていると、サミュエルの言葉がまた耳に入る。


「“仙丹せんたん”という物が、この辺りにあるそうだ。飲むと、最強とも言える力が手に入るという。探してみればどうだ?」

「え……?」


 声が少し近くなったので、サミュエルはちゃんとラデクに話しかけているのだろう。

 顔を上げ、サミュエルの方を見た。

 彼は、どこか冷淡な表情を見せながら言葉を紡ぎ続ける。


「俺も、仙丹を求めてここまで来た。この地にあることは確かだが、それが一体どれほどの数があるものか、誰が持っているのかは分からぬ。欲しければ、自分の力で探せ。俺が独り占めする前にな。俺たちは、隣の街“ファンファン”を目指す」


 サミュエルはそれだけ言うと、マントを翻して足早に去って行った。


 入れ替わるように、サラーが心配そうに駆け寄ってくる。


「ラデクー、大丈夫ー? すぐに手当をー……」

「僕、強くなりたい。絶対、“仙丹”を見つけてみせる」

「ねえラデクー、一度頭を冷やしたらどうー?」

「そんな時間はないんだよ、サラー! サミュエル様が“仙丹”を全部独り占めしちゃう!」


 早速、“仙丹”に関する情報を集めようと、泥を払って立ち上がる。だが、やはり痛みで腕や足が思うように動かない。


 すると、離れた場所で様子を見ていた猫月ゴマが歩み寄り、小さな絆創膏を3つ取り出し、渡してきた。

 

「さっきは悪かったな。……しかしお前もサミュエルとやらも、全く呆れるぜ。そんなモンに手ェ出してまで、強くなりてえのか?」


 猫月ゴマはサミュエルにも聞こえるようにするためか、わざとらしく大きな声を出した。

 ラデクは猫月ゴマをキッと睨むが、すぐに下を向いてしまう。


「それは……」


 返す言葉が無い。って、何だろう。

 街道に視線を向けると、去って行くサミュエルの後ろを、雪白とアルス王子が慌ただしくついて行く。


「ラデクー、一度どこかでご飯でも食べてー、頭冷やしましょー? この国の言葉わからないけどー……まー何とかなるでしょー」

「……そうだね。ゴマくんも、ごめん」

「いや、事情も聞かずにつっかかったボクが悪かった。やれやれ、ボクも大概ガキだぜ」


 ラデクは、猫月ゴマから渡された絆創膏を貼るが、そんな物で痛みが引くはずはない。この場には、ヒーラーである僧侶リュカも癒月もいない。サラーと猫月ゴマに支えられながら、3人で食堂へと向かった。

 猫月ゴマは「マグロはあるのか」と連呼しながら、じゅるりとよだれの音を鳴らしていた。

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