15.天使と悪魔の囁き


 かなえと名乗る、謎の老人と別れた優志ミオン

 ラデクたちも猫月ゴマもすっかり見失ってしまったので、叶に言われた通り“ファンファン”という名の街を目指すことにした。

 

 地図を見つつ、ジャングルの小道を進む。襲い来るウツボカズラやコングを倒しつつ、進むこと小一時間。

 ようやく、街らしき景色が見えてきた。


 ジャングルの木々の間にちらほらと聳え立つ、円錐型の屋根。ジャングルの中から聞こえる獣の声に混じって、人のざわめきも段々と大きくなる。

 

 到着した、街の入り口。地図の位置からは、おそらくここが“ファンファン”だ。

 円錐型の屋根がある高い建物は数軒のみで、後は低い1階建ての家屋や店、パオのような家がまばらに建っている。

 看板に書かれている文字は、全てが漢字だ。

 人々の話し声から察するに、おそらく中国語。


 街に入った優志ミオンは、ミランダを呼んだ。


「ミランダさん、私の部屋からスマートフォンを取ってきてもらえますか?」

「分かったわ。あの四角いやつね!」


 ワープゲートを通して、優志まさしの部屋からスマートフォンをミランダに持ってきてもらった。

 スマートフォンの電源を入れる。やはり電波は通じないが、インストールしておいた翻訳アプリはオフラインで使うことができる。

 試しに、道行く親子連れに向けてスマホを翳し、話し言葉を翻訳させてみる。


『街から外に出てはいけない。良い子は家で勉強すること』


 画面にはこう表示された。確かに、母親が小学生ぐらいの子供に何か小言を言っている様子だ。


 ぐー。

 はっきりと聞こえるほどに、優志ミオンの腹が鳴る。


「ご飯も何か取ってこようか?」

「いえ、あそこに食堂っぽいところがあるのでそこで食べます。ミランダさん、また何かあったら頼みます」

「分かった。早くラデクくんたちと仲直りできたらいいわね……」


 ミランダが光に包まれ消え去ったのを確かめると、ごまラー油のいい匂いがする建物へと向かった。看板も出ているので、食堂で間違いないだろう。

 中に入ると、美味しそうな中華料理の匂い。コンロから激しく炎が上がり、料理人が派手な調理パフォーマンスを見せている。

 客席では、美しい女性が、客の男性たちを囲んでいた。どの女性も艶やかな髪に整った顔、スリムな体型だ。赤や水色のチャイナドレスを身につけている。


 とりあえず空いている席に座り待っていると、美女の1人が注文を聞きにやって来た。


「チャーハンを1つください」

『请一份炒饭』


 翻訳機能を使って注文をする。注文を承った美女が立ち去ると、今度は別の美女2人がやって来て優志ミオンの両隣に座った。

 1人は、サラーに負けず劣らずの、長身のアジア系美人。程良い化粧と、艶のある長い髪。胸も大きい方だ。

 1人は、背は低く童顔、お団子ヘアーで、大きな胸やムッチリとした太ももがよく見える、露出度の高いチャイナドレスを着ている。


 2人は座るなり、口々に中国語で優志ミオンに話しかけてきた。

 すかさず、翻訳機能を使う。


『私は強い男性が好き、強い男性についていきたい』

『私たちの店の料理を食べて、強くなって下さい』


 別にこの美女たちに興味は無かったが、何か返事をしなくてはと思った。

 優志ミオンはスマートフォンに、「私はまだ弱いです。でも、これから強くなりますから見ててください」と話しかけて、中国語に翻訳してスマートフォンのAI音声機能に喋らせた。


 すると美女2人は揃って困ったような顔をし、また何かを言う。

 すかさず翻訳。


『あなたは華奢な体です。見た目もおじさんです。好みのタイプではない』

『好みのタイプではないから、私たちの店の料理を食べて、強くなってください』


 随分、はっきりと言ってくれる。

 久しぶりに美人女性と話して、この言われようだ。

 別にこの美人女性たちに好かれる気はなかったが、ここまで言われると流石に悔しかった。

 すぐに強くなりたい。

 今の自分じゃダメだ。

 ラデクも見返したいけれど、まずはこの美人女性のハートを掴ませたい——。

 優志ミオンの闘志に、火がついてしまった。


 そうこうしているうちに、注文したチャーハンが運ばれてきた。

 びっくりするほどの大盛りだ。ドーム状に盛られ、湯気を上げている。

 美女2人は相変わらず優志ミオンの左右に座ったまま。


(……見られていたら、食べにくいですね……)


 優志ミオンは、レンゲでチャーハンをゆっくりと口に運んだ。

 口の中に熱々の豚肉、様々な野菜、キクラゲなどの素材の味が広がり、後から絶妙な味加減である調味料の味わいが効いてくる。とても美味い。

 両隣から、美女たちによる応援するような声が聞こえてくるが、気にせずにどんどん、この絶品チャーハンを口に運んだ。


「ふう……美味しかったです。ごちそうさまでした」


 完食すると、美女たちは歓声を上げて拍手をし、お皿とお盆を回収して厨房へと去って行った。

 置かれた伝票を見る。支払いはゴールドだ。チャーハン1杯で1,200ゴールド

 幸い、倒したウツボカズラの群れがゴールドをたくさん落としたのもあって、優志ミオンの懐には充分の金額がある。

 支払いを済ませると、美女2人が可愛らしい笑顔で手を振り、優志ミオンを見送った。



 美味しいチャーハンで満たされた気持ちの優志ミオンは、ベンチに座り、張り詰めっぱなしだった心を少し緩めていた。

 だが、その時——。


『すぐに強くなる方法、あるポン。仙丹を飲むポン』


 また聞こえ始めた。

 ポンタだ。

 以前と同じように、脳内で悪魔のような囁きを始めた。


『ポンポコリン……。どこかに、飲めば最強になれる仙丹があるんだろ? 早く探すポン。そして仙丹を飲んで強くなって、ラデクとさっきの美女を見返すポン。さあ、さあ早く……ポンポコリン……』


 やはり、すぐに強くなりたい。

 衝動に駆られ、ベンチから立ち上がった。

 すると、今度は——。


『仙丹に頼らず、地道に試行錯誤しながら、己を磨くのだ。それ以外に強くなる方法など無い』


 かなえの声だ。

 彼に言われたことが妙に記憶に残っているためか、頭の中で声として再生される。


『まずは白院びゃくいん様に会いに行け。きっと、強くなるヒントと、健康になるヒントが与えられるだろう』

『そんな事している間に、お前は忘れ去られるポン。地道に努力しても結局は最後までやり遂げることなんてできないポン』

『気をしっかり持て。否定的な声に惑わされず、己を信じる者のみが勝利を手にするのだ』


 天使の囁きとも言える叶の声が、ポンタによる悪魔の声に拮抗する。

 優志ミオンは悩んだ。立ち上がったまま、頭を抱える。

 脳内で2つの考えがぶつかり合い、頭が痛くなってきた。


 天使と悪魔の戦い。軍配が上がったのは——。


(……やはり、すぐに強くなりたいです! 我慢できません!)


 ——悪魔だった。

 優志ミオンは衝動的に、道行く人に片っ端から声を掛け、翻訳機能を駆使して“仙丹”についての情報集めを始めてしまった。


 ————


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