12.別離


「勇者ミオン様……いや、ミオン! あなたは俺たちのパーティーから、追放する!」


 ラデクに指差されながら、優志ミオンは唖然とした。


「おいガキ! ふざけんな! 滅多なこと言うもんじゃねえぞ!」


 稲村リュカがラデクの元へ走る。そして胸ぐらに掴みかかった。

 サラーと悠木が止めにかかるが、稲村リュカの怒りは止まらない。

 だがそれでも、ラデクはキッと口を結び、稲村リュカを睨み返している。


「確かにラデク、お前は戦術には長けてるかもしれないが、思い上がり過ぎだ! 独断で決められるほど偉いのか!? ええ!? 勘違いするなよ!」

「やめて下さい、いなちゃん。いいんです、ラデクくんの言う通りです」


 優志ミオンの言葉で、稲村リュカは捲し立てるのをやめた。だが彼の怒りの矛先は、優志ミオンへと向けられることとなった。

 

優志ミオン! お前もそれでいいのかよ! リーダーなら、そこは文句言うべきだろうが!」

「私は……」


 言葉が出てこない。

 私は私のペースでやりますから、好きにしてください——感情的になって口にした、さっきの言葉を撤回すべきか。

 稲村リュカはラデクを突き放し、優志ミオンに目で訴えかける。しっかりしろ、と。

 だが、何を言うべきか分からない。

 考えているうちに、稲村リュカの苛立ちは限界に達したようだ。


「何だよ、ハッキリしろよ! お前がそんなだったら、俺たちみんなどうしたらいいか分かんねえだろ!」


 そんなこと、分かっている。

 でも、自信が無いのだ。

 一連の失態で、すっかり自信を失ってしまったのだ。

 何を言っても説得力がない。結局、小声で「すみません……」としか言えなかった。


 そんな優志ミオンを無視するように、ラデクは雪白たち他のメンバーの方を見ながら言う。


「僕は……サミュエル様についていくから。みんなもどうするか決めてよ」


 ラデクの目に、迷いはない。

 呆れてため息をつく稲村リュカに代わり、サラーがラデクの元に駆けつけ説得を試みるが——。


「ねえラデクー……、もう一度考え直さないー?」

「もう決めた事だから。サラーも、早くどうするか決めなよ」


 ラデクの意志は変わらないようだ。


 その時、ずっと黙っていたサミュエルが静かに歩み寄り、口を開いた。


「いずれ、こうなることは分かっていた」


 その存在感のある声に、みんなは一斉にサミュエルの方を振り向く。


「勇者ミオン、貴様に魔王ゴディーヴァを倒すのは無理だ。そのような優柔不断な態度で、勇者が務まるはずがなかろう。魔王ゴディーヴァは、俺が倒す」


 サミュエルの言葉が、自信を喪失した優志ミオンにとどめを刺す。


「今の化け物を倒したのも、俺の腕を試すついでだ。仲間など必要無い。それでもついて来たければ、勝手にしろ。但し、邪魔になるようならば即刻、斬る」


 それだけ言って、背を向け、立ち去ろうとするサミュエル。

 そんな彼の周りを、アルス王子は、「またまたそんなこと言っちゃってー!」とか何とか言いながらまとわりつく。


 呆然としながらその様子を見ていると、雪白がすっくと立ち上がった。

 

「私もサミュエルさんについていく。皆さん、ごめんなさい」

「ピノもサミュエルの方が頼りになりそうだと思うぴの」


 雪白と、彼女のバッグからぴょこっと顔を出したピノはそう言葉を残すと、サミュエルを追って駆け出した。

 悠木は慌てて声を掛ける。


友莉ゆうり、待ってよ! 飛田さんのこと見捨てちゃうの!?」

「みゅー! ピノ、待つみゅー!」


 悠木のバッグから顔を出したミューズがピョンピョンと飛び跳ねる。

 しかし、雪白は振り返らない。


「友莉ー!!」


 悠木は顔を赤くして涙声で叫んだが、その声は雪白に届くことはなかった。


 優志ミオンは、無力だった。

 声を掛けようにも、言葉が出てこない。


「私もう嫌! うちに帰る……!」

「アイネ……元気出すみゅー……」

「もういい。俺も帰る。優志ミオンもガキどもも、勝手にしろ。……ミランダ、出てきてくれ!」


 稲村リュカが声を上げると、空中に虹色の光が現れる。

 見慣れたその美しい光も、今の優志ミオンの目には、儚く切ない輝きに見えた。


 光の中からミランダが現れるや否や、彼女は今の状況を見て目を丸くする。


「えっ、どうしたの? みんな……」


 既に遠くまで足を進めたサミュエル。その後ろをラデク、アルス王子、そして雪白が追う。

 サラーは、さらにその後ろを慌てて追いかけていた。優志ミオンたちの方を、不安げな表情で振り返りながら。


「ね、ねえみんな一度帰って、頭を冷やしたら!?」

「友莉も、危なくなったらすぐ帰りなよ!」


 ミランダの声も悠木の声もサミュエルたちに届くことはなく、彼らは木々の陰に消えてしまった。


 稲村リュカは、やる気のない声でミランダに指示をする。


「先に愛音あいねちゃんを送ってあげろ、ミランダ」

「うん……愛音ちゃんの家に繋ぐね」


 地面に現れた虹色のワープゲートは、儚く光を散らしている。


「みゅー……。大変なことになったみゅー……」

「ミューズ、友莉とピノちゃんはきっと帰ってくるって信じよ?」

「そうだねみゅー……」


 悠木は、小さく「ごめんね飛田さん……」と涙を浮かべたまま言いながら、光の中に消えていった。


 次いで、ワープゲートの行き先が稲村リュカの自宅へと設定されると、彼も無言で虹色の光の中へと足を進める。


 目も合わせてくれなくなった、親友稲村いなちゃん


 情けない。悔しい。勇者失格だ。自分のことが嫌になった。

 そして、こういう時はいつも——。


『あーあ。お前はダメな奴だポン。お前に魔王を倒すなんて無理だポン。大人しく家に帰って、カーチャンのオッパイ吸ってねんねするがいいポン』


 ——あの嫌な幻聴、ポンタの言葉が聞こえてくるのだ。

 優志ミオンはその言葉を必死に振り払ったが、既に心はズタズタだ。

 だが、こんなところで負けるわけにはいかない。

 心はズタズタだが、優志ミオンの闘志はまだ死んではいなかった。


(こんな自分、嫌です。でも嫌だからこそ、自分を変えてみせます。必ず、ラデクくんも、みんなも、見返してやります——)

優志まさしくん、優志くん!!」

「はっ……! あ、ミランダさん……」


 ミランダの呼びかけで、優志ミオンは我に返る。


「優志くんも、一度帰ったら?」


 心配そうな顔でミランダに問いかけられるも、優志ミオンは首を横に振る。


「いえ……。私はこのままではいけません。変わらなければ。強くならなければ。当面は1人で自分を鍛えて、きっとラデクくんもみんなも見返します!」

「……そう。でも一度休んだほうが……って、あ! ちょっと呼ばれたわ。ごめん!」


 誰かに呼ばれたらしく、姿を消すミランダ。

 1分も経たぬうちに、再び虹色のワープゲートが出現する。


 そこから現れたのは——。


「よぉ。遅くなったな。最強のゴマちゃんが戻ってきたぜぃ……って、何だ。優志まさしお前1人かよ。仲間はどーした?」


 猫の姿のゴマだった。

 遅れて、ミランダも再び姿を現す。

 話をしている最中にミランダを呼んだ誰かというのは、ゴマだったらしい。


「ゴマくん……。実は……」

「待て。この姿で話すのもなんだから……ミランダ、頼むぜ」


 ミランダがゴマに虹色の光を放つと、再び人間の姿——猫月ねこつきごまとなった。

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