11.勇者ミオン、パーティーを追放される


 気がついた時には、“鳳仙花”は無惨にも斬り刻まれ、葉も花弁も全て地面に舞い落ちてしまっていた。

 “ウンババ民族”たちも、既に居ない。

 代わりに、そこに立っていたのは——。


「ありがとうございます、サミュエル!」


 ラデクの声に気付き、優志ミオンは顔を上げる。

 天下一武術大会で、猫月ゴマと張り合うほどの強さを見せた——サミュエルが、剣を収め、じっと虚空を見据えていた。

 よく見れば、雪白がサミュエルの大きな体に抱きついている。クンクンと匂いを嗅ぐような仕草さえしている。雪白は、推しである“宮元みやもと文矢ふみや”そっくりのサミュエルを前にすると、我を失ってしまうのだ。

 さらにその周りを、子犬のようにアルス王子が駆け回っていた。元々サミュエルと共に行動していたアルス王子。久しぶりの再会を喜んでいるのだろうか。

 

 毒光線攻撃を喰らって以来、優志ミオンの記憶が飛んでしまっている。

 その間に、どうやらサミュエルが鳳仙花を倒したらしい。


「お、優志ミオンが目ぇ覚めたみたいだ」


 稲村リュカが心配そうな目つきで駆け寄ってきた。


「いなちゃん……」

「お前、奴の毒光線喰らって死にかけてたんだ。俺の回復魔法がなきゃあ、あそこでお陀仏だったぞ。もう少ししっかりしろよー」

「すみません……危なかったですね……」


 体が自由に動く。傷も無い。稲村リュカの強力な回復魔法のおかげだろう。

 立ち上がろうとした、その時。


「そうだぞ!!」


 ラデクの怒声が響き渡った。

 彼は顔を真っ赤にして、優志ミオンを睨んでいる。

 今まで見たことのないその気迫に、優志ミオンは言葉を失う。


「ミオン様、最近ホントに頼りないよ。何で僕がパーティーを仕切ってるんだよ? この先、もっと強い敵が出て来るんだよ? そんなことで魔王に立ち向かえると思ってるの!?」

「……そうですよね。私がもっとしっかりしないと……」

「ミオン様、僕はもう正直言って……」


 ラデクは少し躊躇い下を向くが、再びキッと優志ミオンを睨みつけた。


「僕は正直、見損なったよ! 勇者ミオン様に憧れてここまでついてきたけど……もうガッカリだよ!」


 ラデクの大声を聞いた稲村リュカ、サラー、悠木は、キョトンとしてその場に固まった。みんな言葉が出てこず、表情を曇らせる。

 気まずい空気だ。

 だが、少し離れた場所にいるサミュエルと、彼に抱きつく雪白、駆け回るアルス王子は、全く見向きもしない。


 優志ミオンは言われっぱなしでいるわけにもいかず、言葉を返した。


「ですから! それはよく理解出来ましたから……! これから気をつけますから……」

「もういい。が来てくれたから」


 ラデクが指差したのは、相変わらず雪白に抱きつかれたまま虚空を見据えている、サミュエルだ——。


「え、……ちょっと待ってください」

「もう決めたことだから」


 疑問をぶつける暇も与えず、ラデクは優志ミオンの言葉を遮る。彼の目に、迷いは無かった。

 稲村リュカたちにとっても、それは今初めて聞いたことだったらしい。稲村リュカ、サラー、悠木がラデクに向かい、一斉に大声で何かを言い始めた。


 言葉が混ざり合い上手く聞き取れなかったが、はっきり聞こえた言葉——それは、“一緒に頑張った仲間”だった。

 “一緒に頑張った仲間”である優志ミオンを、そんなに簡単に見捨てていいのか——。そんなことを口々に訴えかける。


 それを聞いた優志ミオンの脳内に、今までの仲間たちの思い出が再生される。



 マーカスに連れられ訪れた宿屋で初めてラデクと出会い、憧れの眼差しを向けられたこと。

 その時ラデクの母のメルルに、ラデクを必ず無事に帰すことを約束したこと。

 サラーに抱きつかれ顔を赤くするラデクを見て、不安ながらも彼らと共に“竜の洞窟”へ向かったこと。

 力を合わせ、“生命の巨塔”を復活させたこと。

 のちに猫月ゴマたちと合流し、邪竜パン=デ=ミールを撃破したこと。

 そして“天下一武術大会”を経て、今に至るまで——。


 しかし、冷静に語られるラデクの正論が、その映像をかき消した。


「一緒に頑張った仲間だからって、そんな甘い考えはこの先通用しないよ。魔王の島にいる敵は、今戦った鳳仙花なんかよりももっともっと強いのがゴロゴロいる。味方に強い人がいるなら、その人についていくべきだよ。みんな、考えが甘いよ!」


 稲村リュカは「何だと!?」と顔を赤くし、ラデクの方に向かっていく。それを必死で止めようとするサラー、悠木。

 もう見ていられない。

 冷静に考えるよりも先に、言葉が口をついて出てしまった。


「そこまで言うなら、もういいです! 私は私のペースでやりますから! 好きにしてください!」


 言ってから、しまった、と思う優志ミオン

 だがもう遅かった。一度出てしまった言葉は引っ込められない。

 長い時間をかけ築いてきた信頼関係は、こうも一瞬で崩れてしまうものなのか。

 

「お……おいおい、優志ミオン。頭冷やせよ。俺は別にお前の事を……」


 稲村リュカが冗談っぽく笑い言葉をかけてくれた。が、何も返す言葉が無い。

 悠木は、言葉にならぬ声で何か言いながら、啜り泣いている。


 気まずい、無言の時間が流れる。


 その空気を破ったのは、ラデクだ。

 彼はゆっくりと立ち上がると、ビシッと優志ミオンを指差し、宣言した。


「勇者ミオン様……いや、ミオン! あなたは僕たちのパーティーから、追放する!」

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