13.ソアラの入院


 少し時は遡る。



 優志ミオンたちの船出を見送った猫月ゴマたちは、ミランダのワープゲートでまずは、“ねずみの世界”に存在する街“Chutopiaちゅーとぴあ2120にいいちにいぜろ”へと向かった。


 胸痛に苦しむ蒼天ソアラを、優志まさしも世話になったねずみの医師“ハールヤ”に診せるためだ。

 猫月ゴマも以前、ねずみの世界を出入りしていた頃にハールヤから治療を受けたことがあり、彼とは面識がある。



 ワープゲートを出るとそこは、服を着て言葉を話すねずみたちが暮らす世界。

 ミランダの力を借りてサイズ調整をしなければならない他の異世界と違って、ここではみんな自動的にねずみサイズとなる。

 何度も訪れたが、やはり不思議な世界だなと思いながら、猫月ゴマは、雪がちらつく“Chutopia2120”の街並みを見渡した。


 近未来的な建物、全自動で動くタクシーやバス、そして服を着たねずみたち。

 ちらほら、服を着た猫たちの姿もある。以前説明した通り、今のねずみの世界は、スピカとソアラの故郷——地底の猫の国“ニャガルタ”に元々暮らしていた猫たちが、ねずみたちと仲良く暮らしているのだ。


 猫月ゴマたちは人間の姿のままだが、一刻も早くハールヤの元へと蒼天ソアラを連れて行きたい。


「はあ、はあ……!」

「ゴマ、ソアラくんの息が上がってるで。ちょっと歩くペース落としてあげたら?」

「あーもう、そういう器用なマネは出来ねえんだよ! にしてもこのカッコじゃ寒みいだろ! さっさとハールヤんとこ行ってあったまろうぜ!」


 吹き荒ぶ冷たい風をしのぎながら、猫月ゴマたちはどうにか、ハールヤのいる“Chutopiaチュートピア厚生医院”へと辿り着いた。


「おい、スピカ」

「何や?」

「ボクら、誰かに後をつけられてる気がするんだが……」


 後ろからの気配を感じ続けていた猫月ゴマは、バッと振り向く。が、そこにいたのは通りすがりのねずみたちだけ。


「気のせいやろ? そんなことより早ようソアラくんを!」

「そうだな。すまねえ」


 足早にChutopiaチュートピア厚生医院の中へ入ると、すぐにねずみの医師ハールヤの姿が目に入る。

 今は誰も患者がいないらしく、ハールヤは受付で呑気にナッツを食べていた。


「ハールヤの爺さん、久しぶりだな。ボクだ、ゴマだ」

「……はて? どこかでお会いしましたか……?」

「あ? ジジイ、とうとうボケちまったのかよ! ボクだよ、ボク!! ……ん? あ、もしかして!」


 以前ハールヤと会った時、ゴマは猫の姿だった。

 人間の姿だと、分からないのも無理はない。


 一旦外に出てミランダを呼び、猫月ごま、暁月あかつきスピカ、蒼天あおぞらソアラを、猫の姿——ゴマ、スピカ、ソアラ——に戻してもらう。

 もちろん、地上にいる普通の猫になるわけではない。ニャガルタの猫と同じように、服を着て二足歩行をする猫の姿に戻るのだ。


 ゴマは——オレンジのニット帽に、モコモコの赤いセーター、ジーンズを着ている。

 スピカは——何故かサンタコスチュームの格好。「何でやねん」と思わずこぼす。

 ソアラは——水色のパーカーに群青色のダウンジャケットを身につけ、下は紺色のジーンズ。

 それぞれ、以上のような服を着た猫の姿となった。


 スピカとソアラは元々ニャガルタ出身なので最初から二足歩行だが、ゴマは元々地上に暮らす普通の猫。

 それがあらゆる不思議な力によって、ねずみサイズになるわ、二足歩行になるわ、最強勇者になるわ、しまいには人間になるわ、それを行ったり来たりしすぎてゴマ本人(本猫?)も訳がわからないことになっている。

 

 ともあれ、今はゴマもスピカもソアラも、“服を着て二足で歩く、ねずみサイズの猫”だ。

 

「ああ、やっと分かりましたよ。ゴマ様、お久しぶりですね」

「ジジイ、ソアラコイツを診てやってくんねえか?」

「何か、命に関わる病気らしいねん……」


 舌を出しながらぐったりするソアラをスピカと一緒に支えながら、ハールヤに案内され診察室へ向かう。

 早速ソアラをベッドに寝かせ、そっと体に触れてから触診を兼ねたマッサージを始めるハールヤ。

 彼が触れるだけで症状が分かるのは、ゴマも知っていた。


 ハールヤなら治せるはずだ。ハールヤならきっと治せるはずだ。

 ゴマは終始、落ち着きがなかった。椅子に座ったり、立ち歩いたりを繰り返し、スピカから「もう、落ち着き!」と叱られること3回。

 その間、ハールヤは丁寧にソアラの首元や背中、肉球のマッサージをする。

 呼吸をするのも苦しそうだったソアラの表情が、だんだん緩んでくる。息も整ってきたようだ。


 触診とマッサージが終わったらしく、ハールヤはゴマたちの元へ歩み寄り、ゆっくりと口を開く。


「これはですね……」


 ハールヤの表情が硬い。

 嫌な予感。緊張の一瞬。


「生まれつきの病なので、私のところでは根本治療はできないんです。症状の緩和ならできますが……」


 ハールヤでもダメなのか……。

 ゴマは言葉が出なかった。

 代わりにスピカが立ち上がって、敢えての明るい声で礼を述べる。


「おおきに。分かりました。やっぱり、地元の病院連れていきます」

「お役に立たず、申し訳ありません」


 深々と頭を下げるハールヤを背に、ゴマは無言でソアラの元へ歩み寄った。

 ソアラは気持ち良さげに、寝息を立てている。ハールヤの施術により、症状が落ち着いたのだろう。


 後ろから、スピカの声が聞こえた。


「ニャンバラの病院で、手術してもらうしかないやろ」

「な!? 手術……!?」


 ソアラが目を覚まし、毛を逆立てながら声を上げた。


「オレ……手術は怖いんだ……! だから病気を隠して、ずっと治療を受けずに生きてきたんだ! なあ、頼む! 手術だけは勘弁してくれ……!」


 ベッドで仰向けになったまま、ドタバタと体を動かしながらソアラは訴える。

 だが。


「でも病気がボクらに知れた以上は、逃げらんねえぞ。みんなテメエを心配してるんだ。勝手な事言うのは許さねえ」

「待ってくれ!」


 ソアラの制止を振り切り、ゴマはミランダを呼ぶ。スピカの表情が、言わずとも「ゴマ、偉いで!」と語っていた。


「ソアラ様。私の所で症状を緩和しながら生きるという手段もありますが、ソアラ様の症状をお聞きすると、それも100パーセントの安心は保証出来ません。やはり生まれた場所で、然るべき治療を受けていただくのが良いのかも知れません」

「そんな……!」


 ハールヤは、諭すように言葉を連ねた。


「ソアラ様、どうか悔いのなきようご自身でお決めください。ゴマ様、スピカ様、彼にご自分でお考えになる時間を与えてあげてください。彼も悩んでます。そっと寄り添ってあげてください」

「ジジイ……そうだな。分かった」

「とりあえず、ニャンバラの病院には直行するで。ミランダさん! 頼む!」


 診察室の床に、虹色の光が現れる。

 ゴマはソアラを背負い、光の中へ向かう。後ろにスピカが続く。

 振り返ると、穏やかな表情のハールヤがゴマたちを見送っていた。


 ♢


 猫だけが住む地底の国“ニャガルタ”の首都“ニャンバラ”。

 ワープゲートを出た場所は、ニャンバラにある大学病院のロビーだ。


「ソアラくん、とりあえず検査だけ済ませよな?」


 スピカが問いかけるが、ソアラは無言のままだ。こんなに無口なソアラは、見たことがなかった。余程不安なのだろう。

 


 諸検査の末、結局はソアラの手術が決まってしまった。

 病名はソアラが言っていた通り、“肥大型心筋症”。

 手術をしなければ余命は1ヶ月も無い。だが、手術の成功率は70パーセント。

 やっぱり生きられるものなら生きたい、という本人の意思により、手術同意書にサインされた。


「スピカ、後は頼む。ボクは優志たちを助けてくる」


 ソアラの件がひと段落ついたので、ゴマは船出した優志まさしたちに合流することにした。


「あと、コイツ置いてくから面倒見てやってくれ」


 懐から取り出したのは、ゴマがサーシャから盗んだスキルにより、チョコレートで作った“チビサクビー”。今までずっと大人しかったのは、クウクウと寝息を立て眠っていたためだ。

 ソアラの強敵ともであるサクビーは、ここに居させてやった方がいいだろうとゴマは判断した。


「チビサクビーが目ぇ覚まして何か言い出しやがったら、ソアラの手術が終わるまで応援してやれと、伝えてやってくれ」

「分かったけど、ゴマも気ぃつけるんやで? 海の外の世界、どんな魔物がおるか分からへんし……」

「心配すんなスピカ! ボクは最強だからな! ニャハハ!」


 ニッと口角を上げると、スピカも安心したような眼差しをゴマに向けた。



 ミランダに頼み、ワープゲートで優志ミオンの所へと向かう。

 そして到着してみれば、優志ミオンはパーティーを追放されていた、というわけだ。

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