8.死闘、魔海ウツボ


 揺さぶられる甲板の上。

 殴るように打ちつける雨と魔物のように唸る暴風の中、優志ミオンたちは“魔海ウツボ”と戦っていた。


 海面には、地獄の光景と言っても過言ではないような巨大な渦。その中心に、“グランキャスター号”をひと呑みにしてしまうほど大きな口を開けた“魔海ウツボ”の頭部が見える。


「“フォルテ”……っ、ダメです! 当たりません……」

「魔力も残り少ないわー」


 凄まじい暴風雨に視界が遮られ、さらに絶えず揺れる甲板。上手く狙いが定まらない。


「魔法攻撃力上げてやる! 【マジックアップ】! 頑張れ!」


 稲村リュカの声。雨に濡れながら駆けつけつつ全身を赤く光らせた彼は、魔力強化魔法をかけてくれた。


 ラデクは、手すりに掴まりながら鉄の剣を構えている。

 何をしようとしているのか。まさか、直接攻撃は危なすぎる——。

 優志ミオンがラデクに声をかけようとしたその時だった。


「うりゃッ!!」


 ラデクは魔海ウツボを目掛け、鉄の剣をぶん投げた!

 しかし、ウツボまではかなりの距離がある。ウツボに到達するまでに風で軌道が乱れ、虚しくも鉄の剣は海の藻屑となる。


「もう……1発!」


 矢継ぎ早に、今度は使い古しのバタフライナイフをぶん投げるラデク。先程よりももっと勢いをつけて。

 やはり風で若干軌道が乱れたが、今度はそれも計算に入れていたのだろうか。バタフライナイフは見事、魔海ウツボに命中。しかも偶然なのか狙い通りなのか、突き刺さったのはウツボの片目だったのだ。


「ウボァアアア!!」


 波飛沫を上げながら、魔海ウツボが暴れ出す。

 大波が巻き起こり、船体が大きく傾いた。


「うわあ!!」


 手すりに掴まっていないと、海へ振り落とされてしまう。

 しかし、放っておくと魔海ウツボは態勢を立て直してしまうかもしれない。


「今がチャンスだ! 奴は“水”属性だから、“土”属性の技で早く!」


 暴風の音に混じったラデクの大声を、かろうじて聞き取ることができた。

 ここは大海原のど真ん中。土など存在するはずもない。

 優志ミオンは手すりに掴まりながら悩んだ。だがその時、呑気ながらも希望に満ちた言葉が耳に入る。


「いちかばちか、やってみるわー」


 声の方へ振り向くと、サラーがキリッとした表情で杖をかざしていた。


「大きな岩ー、現れてー!」


 魔海ウツボの頭上に、巨岩がいくつも現れる。中には直径10メートルを超えるであろう物もあった。そんな巨岩が空中に次々と出現、その数はゆうに100を超えるだろう。

 さすがの魔海ウツボにとっても、この大きさと数は脅威であるに違いない。

 

 だがその巨岩群は、魔海ウツボの位置から少しズレた所に出現してしまった。


「【マウンテンズ・ロック】ー!」


 それでもサラーは魔法を行使した。

 だがやはり、巨岩群は魔海ウツボとはズレた位置に、あられの如く降り注ぐ。

 ザバンザバンと水飛沫を上げ、虚しくも大半は海面に落下してしまったのだった。

 

「ダメー……。揺れのせいでー……うまく狙えないわー」


 残りの魔力も少ないはずだ。もう後がない。

 考えようとしても頭が働かない。ただ見ているしか出来ないでいた。


「ミオン様! 何ボーッとしてるの!? 早く何とかして!」


 ラデクの悲鳴ともとれる声が、雨風に混じって聞こえた。

 その時ふと優志ミオンの脳内が冴え渡り、天から降って来たようにアイデアが閃く。生命の危機を感知し、火事場の馬鹿力的に脳神経が働いたのかもしれない。


「サラーさん! もう1度、岩を落としてください! 私が……、魔法を岩に当てて、ウツボに当てます!」

「わかったわー」


 サラーは再び杖を構えた。

 優志ミオンも、“水竜の剣”を構える。

 一か八か。奇跡を信じて。


「“マウンテンズ・ロック”ー!」

「“フォルテ”! “フォルテ”! “フォルテ”!!」


 再び降り注ぐ巨岩群。

 優志ミオンは水竜の剣の先から、無数の橙色に輝く魔法弾を発射し続ける。

 落下する巨岩の数々に狙いを定め、“フォルテ”を次々とぶつけた。

 それにより巨岩は落下軌道を変え、魔海ウツボの顔面へと激突のコンボを重ねていく。


「ギェェエエーー!!」


 鼓膜が裂けるほどの声を上げた魔海ウツボ。

 渦の真ん中、真っ黒い地獄の穴にその顔を沈めると、そこに巨大な水柱を上げ、魔海ウツボは爆発した。

 そして赤い光となり天へと昇っていく——。


 同時に、渦巻いていた海流も勢いを失い、やがて渦潮は消滅。

 吹き荒んでいた嵐は止み、雲の隙間からは青い空が見えてきた。


「……助かったぁー!!」

「なんとかなったわねー」

「やったな、お前ら!」


 ラデク、サラー、稲村リュカが手を取り合い、万歳をする。


「今度こそ、ダメかと思いましたよ……」


 優志ミオンもラデクたちの所へ行こうとしたが体に力が入らず、その場にへたり込んだ。

 甲板には、先程の魔海ウツボが遺したであろう沢山のゴールドが散らばっていた。


 ♢


「今回は、役に立たなくてすみません」

「怖かったぁー。ありがとう、ミオン様!」


 雪白とアルス王子が、駆け寄ってくる。

 

「あれ? 悠木さんは……?」

「愛音は白目むいて倒れてる。ま、そのうち起きると思います」


 ひとまず、安心だ。

 雪白とアルス王子も混ざり、優志ミオンたちは再び万歳の声を上げた。

 段々と雲は晴れていき、絵に描いたような青空が広がってゆく。海は再び穏やかさを取り戻した。



 部屋に戻ろうとしたところ、船長室の方から声をかけられる。


「本当にすみませんでした! 私がもっと早く渦潮の存在に気づいていれば……」


 操縦士が舵輪を握りながら、頭を下げた。

 優志ミオンは両腕で大きく『丸』のジェスチャーをしてみせてから、部屋へと戻った。


 窓から、穏やかさを取り戻した海の風景を眺める。すっかり日は昇り、時計に目をやるともう10時になろうかとしているところだった。

 再び水平線に視線を戻すと、遠くに緑が溢れる陸地らしきものが目に入った。


(あれが、“チャイ大陸”でしょうか……)


 到着まで、あと1日足らずのはず。

 無事に辿り着くことを祈りながら、優志ミオンはベッドに体を横たえた。

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